■セブンアイ
 
マラソン


 開店前からルイヴィトンの前に並ぶ日本人は、かなり異様だが、マイナス2度の中、鼻水たらしてセーヌ川沿いを走る日本人はもっと異様だろう。サッカーの取材でパリにいる。
 記者仲間で作ったランニングクラブのモットーは「世界で走ろう」である。「出張にはシューズ持参」から「理想体脂肪」まで定めた厳しい会則は守れたかどうか不明だが、とにかく北はオスロ、南はシドニー、ワルシャワやモスクワ、各都市の公園や川沿いを時差ボケ、過密日程にうなりながら皆でトボトボと走ってきたものだ。今週末、私はクラブ代表として、青梅マラソン10キロに出場することになってしまったのだが、大ピンチである。仕事を終え、パリから帰国するとスタートまで十数時間しかない。

「今こそ日頃の取材の成果を思い出すときです。逆境でもそこそこにまとめるのが、いいアスリートの条件だということを!」
 第一生命女子陸上部の山下佐知子駐監は吹き出しながら、このメールを書いただろう。山口衛里(天満屋)は苦笑いか。
「こうなったら飛行機の中で調整するしかありません。とにかくマイペースです」

 彼女たちへの畏敬は深まるばかりだが、自分が走ることによって、ある意味でもっとも驚かされたのは、日常をやり繰りし、ささやかな戦いとともに走る「普通の人々」の力である。1月下旬、大阪女子マラソンから帰京する際、同じ年代の市民ランナーと一緒になり楽しく話した。体が弱く、入退院を繰り返したが、あるとき一念発起して歩き始め、そこから走り、距離を伸ばし、実に20回目の完走を果たしたと言われ、拝んでしまった。

 私が青梅で知りたいのは自分の可能性などでは全くなく、こういった人々と走る喜びの力だと忠う。現状ではスタートラインに立てればもう万歳で、完走できない場合は男子30キロに出場する男子マラソンの日本最高記録保持者・高岡寿成(鐘紡)らをちゃんと取材して帰りますので、会員のみなさまお許しください。

 主催新聞社の仲間からメールが届いた。
「海外招待選手枠を確保しておきます」
 笑ってる場合じゃない。とにかく出場するみなさんにとって「いい日」になりますように。

(東京中日スポーツ・2003.2.14より再録)

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