■セブンアイ
 
お母さん


 ことさらに自慢する人と、全く言わずにいる人と、二通りしか存在しないのではないかと思う。トップスポーツ選手とのプライベートでの付き合いという点において、私の知人は後者である。
 かなり遅くなってしまった昼食を摂りながら、民恵さんと私は「彼」の元気な姿を見ようと、テレビのチャンネルを忙しく回す。
 かつてスポーツ新聞での巨人を担当していたころからのお付き合いは、もう10年を超えてしまった。会社を辞めた今も、何かの取材で宮崎に来るたびに、川沿いで陽当たりのいい、彼女の自宅で手料理をごちそうになり、何年か分の話をまとめて報告する。

「テレビで話しているのを聞いたら鼻声でしたけれど、風邪は大丈夫そうですかね」
 松井秀喜(ヤンキース)が、ニューヨークに出発した3日、私は、彼もまた宮崎に来るたびに足を運び、手料理を頬張り、時間が許す限り話していたという部屋の、同じ椅子に座って、空港で会見に応じる姿を眺めていた。彼女は、自分が日本中の注目を一心に集めている男といかに付き合ったか、そんなことを自慢するような人ではないので、誰にも話はしない。最初は料理屋を訪れた客にすぎなかった松井が、いつの間にか、キャンプの休みになると、この陽当たりのいい部屋にやって来ては、特に話すのではなく、夕暮れに輝く川面をぼんやり見つめて、ときには何時間もうたた寝をしていたという。

 今の写真立ての中で、松井は甘えるような表情で笑っている。床の間に飾られた記念のバットには「おかあさん、いつまでも元気でいて下さい」そう書かれていた。彼を取材したことはないが、同じ部屋の、同じ場所が好きで、何より宮崎で同じ「お母さん」を慕ってきたと思うと、不思議な気持ちになる。

 民恵さんは画面を見つめながら、うれしそうにつぶやいた。
「松井ちゃん、とってもいい顔してる。大丈夫、本当によかった」
 3日は、彼が愛したという川面に映える夕陽も、とびきり美しかった。

(東京中日スポーツ・2003.2.7より再録)

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