■セブンアイ
 
「殴る女」


 鼻血を出される瞬間だけは今も慣れないのだと、花形会長はジムの片隅でつぶやいた。
「大丈夫か、もう止めとこう、顔は女の……と心配しても向かって来る。生きるか死ぬかとなったら、男なんて実にひ弱なもんさ。女の強さには敵わないってわかったよ」

 気温が下がる日暮れとともに、ジムには練習生が続々と集まり、室内の気温は逆に急上昇しているように感じる。ミニマム級防衛に失敗したが、本人も苦笑する何度目かの復帰を決意した33歳の元王者、星野敬太郎の取材に横浜の花形ジムに行くと、2人の女性がいた。

 女性ボクサーの存在には篤かないが、2人のテクニックには釘付けになった。会長は、入会時に確認をした。「ダイエットのためかい?」と。すると彼女たちは「いいえ、自分の力で誰かを倒してみたいんです」と、毅然と答えたという。
 シャドーボクシングを黙々とこなすスピードも、サンドバッグに向かって3分ごとに挑んでいく迫力もジムの中に溶け込み、圧倒的な存在感を放っている。

「見るのが好きでしたが、自分の力を試してみたくて。始めてもう5年、遅咲きって言われてます。咲かないで蕾で終わりそう」
 社会人2年目のショートカットの彼女は、照れくさそうに笑う。日の下に青アザを作り、両親に仰天されたことがある。

 もう一人、最近韓国での国際試合に勝った7年目の彼女の動きはスピード感に溢れている。友達を応援するうちに、なぜか自分がリングに上がっていたと顔を赤くする。このジムには4人が所属し、時に男性とのスパーリングをもこなす。

 女子マラソン、女子柔道、女子サッカー、女性には無理だとされた競技で、披女たちは言葉ではなく厳しいトレーニングだけを手段に好奇の目をはねのけ、今や世界レベルに達した。奇しくも今年4月から、日本マチェアボクシング連盟が女子登録を公認したばかりだという。結果を出すために寡黙に、熱い理想を抱いて壁を破ろうとするあの姿を、もう一度見たいと心から願い、ジムを出た。
 女子登録者数、現在137人である。

(東京中日スポーツ・2002.11.15より再録)

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