■セブンアイ
 
「原稿よりも……」


 この仕事は「原稿」よりも「健康」が大切だから体に注意しろよ──新聞社の新人時代、優しい先輩方にそう言われたことが懐かしい。いつしか、健康を超えた丈夫さに同情されなくなり、私はこの仕事の極意を「原稿」よりも「観光」だと悟るようになった。

「やはり、新米の“きりたんぽ”かと……」
 年に100日以上も出張しており、食事、観光と、特別の楽しみが加わる。こんな生活を20年近くも続けているため、先日、秋田県大館市体育協会の50周年記念講演に招待いただいた際も、昼食の相談に、即座に「きりたんぽで」と図々しく答えてしまう。

 2人とご一緒することになった。
 ひとりは、因旛英昭さん。3つの姿勢で持ち上げた重要を競うパワーリフティングで前人未踏の世界選手権10連覇を果たし、58歳の現在、事務を主宰し、さらに世界マスターズでも10連覇に王手をかけている。もうひとりは古澤 緑さんで、彼女は28歳、長野、ソルトレーク冬季五輪距離スキーの代表である。事前に送付された2人のご略歴はともにご自身が手書きで寄せてくれたもので、因旛さんはメモに「30歳近くでようやく芽が出た遅咲きで申し訳ありません」と、古澤さんもキャリアわずか9年と遅咲きで「増島さんが日頃取材される有名一流選手たちとは違い、すみまさん」と、偶然にも同じ言葉が記されていた。
 みなさんと楽しい対談を進めながら、競輪の中野選手の世界選手権10連覇と同じ大記録を知らず、社会人になって五輪を目指した女性の心意気を知らず、サッカーやメジャー競技に偏りながら「スポーツライター」を名乗ることこそ申し訳ない、そう思った。

 きりたんぽ、ハチ公、世界最大の木造「樹海ドーム」と、郷土が誇る観光名所は多い。しかし何よりも、世間の注目を浴びずとも、太い根を張りながらみごとな遅咲きの大輪を咲かせた2人の選手こそ、本当の誇りであろう。

 滞在は短かったが、冷雨の夜、盛岡に向かうバスを、手を振りながら見送ってくださるみなさんの姿を車中から見つめながら、私がこの仕事を長く続けてこられた理由は、「原稿」より「親交」の魅力だったことに気がついた。

(東京中日スポーツ・2002.11.1より再録)

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