■セブンアイ
 
「握手」


 フワリと何かを包み込むような、柔らかで温かな感触だったことはよく覚えている。

 それがどんな競技であっても、筋力、パワー、これらを体現しているアスリートたちと交わす「握手」には特別の緊張感がある。多くの選手は初対面で右手を差し出す。痛いほど力を込める選手もいれば、ひ弱な握手をする選手もいる。女性の握手など一般的ではないが、力加減が弱いと「取材が嫌なのかな」「体調が悪いのか」とか、強いと「イデデデ、さては話が一杯あるな」などと、勘ぐっては楽しむようになってしまった。

 西武のカブレラへの取材の際も緊張した。「手首からヒジまでの筋力がホームランの源」と、上腕よりもこちらが太いほどだ、と書かれた資料を読んだせいもある。ひどく硬くなっていると、まるで何かを包み込むような感触が伝わり、心地よかった。

 シーズン開幕直後で、バットの話をした。
「苦労とバットは常に共にあった。ホームランを続けたバットが折れると、金銭的にも苦しいし、遠征も長いし、補充できず本当に辛かった。折れたバットを捨てられずにいた、そんな時代は忘れられない」
 下部リーグでMVPを取りながらクビになったこともある。しかし、ベネズエラ、アメリカ、ドミニカ、メキシコ、台湾と、世界の野球に挑み続けて、今、日本のプロ野球本塁打記録(55本)を塗り替えようとしている(52本)。

 打撃の重要な要素に、パワーやフォーム、感覚ではなく、研究を挙げたのも意外だった。特に投手について、「初対面は、その後の全てを決めるほど重要だ。先入観なしに、神経を張り巡らせて相手を見る」。
 投手を舐めることも、怖がることもなく、むしろ敬意さえ持って観察をする。彼のアーチを見る度に、世界を渡り歩いた苦労、あの時の握手の感触に似た打撃への姿勢を思う。以前、ドジャースのラソーダ監督が、サインをねだる子供たちに、ちゃんと握手をしなさいと注意するのを見て笑ったことがある。
「いいかい、弱っちい握手なんてする男の子はいい選手になれんぞ。練習しなさい」

 伝えるのは力と、心か。

(東京中日スポーツ・2002.9.20より再録)

BEFORE
HOME