■セブンアイ
 
「三都主」


 ニュースを聞いて最初に思い出したのは、スタジアム近くにあるシシカバブ(羊肉料理)店のおやじさんの顔だった。
 ドロ三都主アレサンドロ(清水)のプレミアリーグ、ロンドン郊外にある「チャールストン」への移籍は、99.9%まとまりかけたところで、白紙になってしまった。1週間練習に参加し、レギュラー組に入り、住宅も車も通訳も準備が整いかけ、しかも、デビュー戦の段取りまで詰めていたのだ。本人がどれほど落胆しているか、言うまでもない。

「それで、新入り日本人の選手ってどんな選手なんだい? テクニックか、スピードか、フィジカルか。早く見たいねえ」
 稲本潤一(フラム)の取材でロンドンに滞在していたために、連日、この移籍騒動を追いかけることになり、2時間も3時間も、役員室がある「バリー・スタジアム」の前で会談終了を待って突っ立っていた。あまりの空腹に何か食べようにも何もない。唯一開いていたシシカバブ店に入ると、熱狂的サポーターだというおやじさんが質問し、ほかの客も寄って来た。チャールトンは、下町風の温かさ、こぢんまりしているが、カービシュリー監督が10年にもわたってチームを率いているように家族的なクラブでもある。

「ヨシ、あんたの言うことが本当ならば」
 おやじさんは、技術もスピードもあると答えた私の前で、シシカバブサンドに野菜と大盛りチリソースをかけて笑った。
「デビューを祝って今日はオゴリだ。その代わり、またバリーに戻って来てよ」

 三都主には、英国内務省から労働ビザが下りなかった。今回の移籍に関する細部は非常に複雑だったが、日頃、サッカーは国を映す、国際政治と同じだと偉そうに書きながら見落としたことを反省している。監督が4度も内務省で直訴していたことが、騒動のすべてを物語っていたのかもしれない。

 サポーターのおやじさんにご馳走してもらい立ち食いしたサンドイッチは、なんも変哲もない、しかし忘れ難い味になった。
 チリソースのせいでかなり辛かったが、また「ザ・バリー」に行ける日を願って。

(東京中日スポーツ・2002.9.6より再録)

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