■セブンアイ
 
「稲本潤一」


 海外では不思議なことがよく起きる。モロッコでは、出迎えたくれた人に「ちょっと寄るところがあるから」と言われ、知らない人の超豪華結婚式の、しかも主賓席にスーツケースとともに座り、羊の丸焼きを食べた。デンマークでは公園で心臓発作を起こした男性とその奥さんに付き添ったこともある。
 そして今回、ロンドンで経験したことのないほど晴れた先週の日曜日、テムズ川沿いの古いパブで、家族の昼食会に参加していた。

「質素で、ご馳走じゃないんだが、極めて典型的な、日曜のランチに招待したいんだ」
 彼は、朝刊紙の有名サッカーコラムニストで長い友人だ。独立した子供たちが久々に集まるなか、どう見ても場違いなのだが、ともかくローストビーフ、テンコ盛りの野菜、しぼんだブリオッシュのようなヨークシャープディングを食べながら楽しい時間を過ごした。

「何と言っても、ダブルスコアラーだからね」
 彼と息子さんたちが言う「ダブルスコアラー」という特別な表現が新鮮だ。
「W杯で2点を取るのは、まぐれじゃない。フラムも楽しみだ。彼、金髪やめたの」
「インタートトのゴールは最高だったね」

 稲本潤一(フラム)の話はお世辞ではないほど詳しかった。17日、1年分の思いとともに、初のプレミアリーガーが誕生した。
「まだ何もしてないんで。でもイギリスの人にプレーを見てもらえてうれしかった」
 稲本は試合後、照れていた。2得点は「名刺」で、次の看板も戦いもこれからである。

 中田英寿(パルマ)がペルージャに渡った4年前、「俺は死んでも倒れない」と看板を掲げ、どんなファウルにも屈しなかったことを思い出す。海外のリーグで生き抜くには、技術以上に、覚悟と心意気がいる。

「食事、やっぱり口に合わないかな」
 彼の言葉に、我に返った。
「いいえ、とてもおいしいです」
 そうして、典型的な日曜のランチとはメニューではなく、日々に溶け込むサッカーの話とともにあること、稲本が毎週日曜日、こうしてイングランドのファンたちの話題になることを祈りながら、肉をかみしめた。

(東京中日スポーツ・2002.8.23より再録)

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