■セブンアイ
 
「星に願いを」


 遺族たちの高齢化が進んでおり、登山での参拝をする人たちは年々減少を……。
 8月12日朝、ニュースで流れている原稿を聞きながら、一瞬、意味がわからなかった。「遺族の高齢化」という単語の意味は、日航機事故で子供を失った方々がいかに多いのかを表す、辛い表現であるとわかったとき、17年の重さを感じた。

 思えば不思議な一日であった。
 仕事を終え、ジョギングし、露天風呂のあるプールに飛び込む。夏の夕陽を見送る時間は贅沢な楽しみだ。岩風呂の端にいた年輩の女性が、暑いのに朝一番の特急で秩父に行って山登りしたから疲れたわ、と言い、私も、偉いですねえ、素敵な趣味をお持ちで、などと世間話を始めた。

「あなたは何年生まれかしら?」
風呂で年齢を聞かれたことに少し驚いたが、隠すこともない。正直に答える。
「私、御巣鷹に登ったの。娘を亡くしているものだから」
穏やかな口調に、ニュースで聞いた「遺族の高齢化」という鋭利な言葉の現実が、胸に沁みた。
娘さんは、海外旅行をし、留学生となり、世界の友好に貢献するのが夢だといつも話していた。その思いを叶えたいと彼女は飛行機に乗ったが、娘を思うといつも嘔吐してしまう。着陸態勢に入り地上の景色が見えると、それは激しくなる。しかし「負けられないと思った。だから3年耐え続けた」と、彼女はジャグジーに身を沈めて言った。

 彼女は負けなかった。今では年十数回海外へ行き、今夏、ついに語学も含めた公的機関の留学生試験に最高齢で合格した。
「今年はそれを報告したの。あなたの代わりに留学できるかしらって……」

「もし私が娘さんなら……」
 かける言葉は見つからない。
「私がもし娘さんなら、皆に自慢すると思います」
 彼女は、少しだけ泣いて、微笑んだ。
「生きていればあなたと同じ年頃だった」

 ちょうど流星群が通過する日の夕暮れ、あの時間、私たちは黙って、空を見上げた。

(東京中日スポーツ・2002.8.16より再録)

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