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■セブンアイ 「チャンプ」
切ないのは、顔や額に、深い傷や腫れ、出血もなかったことである。 トンカツ屋のチャンプは引き上げるとき、こちらを見つけると、どこも傷んではいないその顔に笑みを浮かべて言った。 一度取材するチャンスに恵まれた。88年にデビューして以来3度もジムを脱走し、その都度ボクシングを忘れるためにグローブをわざわざ人目につかない倉庫に放り込んだという。一番大事なものを目の前から遠ざけては逃げる。今度はグローブが気になり様子を見ると、クモの巣がかかりカビも出ている。 「キャリアとは、失敗の数を指すのだと思う」 別れ際、チャンプは両手でこちらの手を握り締めてくれた。その手には、つい30分前までパンチを浴びせていたとは思えぬほど柔らかく、温かく、力があった。後ろ姿を見送りながら、スポーツ界のベテランが、1人去って行く寂しさがこみ上げて来た。 逃げてばかりいたけれど (東京中日スポーツ・2002.8.2より再録) |
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