■セブンアイ
 
「喜びとともに」


 あんまりにも暑いから、じゃ、とりあえず「かき氷」でも行きますか。
 新会社(ライツ)設立に伴い以前よりもよほど忙しく、日米を往復し、走り回っている有森裕子氏と、私は銀座で待ち合わせをし、甘味処ののれんをくぐった。帰国するとこうして時間を作って他愛もない話をする。あずきと宇治金時を頼んで、スプーンの動きに集中しながら氷の山を砕いていく。ふと、彼女のバッグを見ると、ファンに頼まれたのだろう、見慣れた色紙が入っている。

「よろこびを力に」
 バルセロナ五輪で銀メダルを獲得してから、たいがい、この言葉を記してサインを入れている。1か月に千キロも走り込み、レースではもがいて「喜び」もないだろうにと思うのだが、彼女はいつも「苦しむことの究極は喜びになりますから」と、笑顔で言う。

 22日、サッカー日本代表のジーコ監督の就任会見が行われた。会見はポルトガル語で行われ、訳す形を取ったため1時間に及んだが、頻繁に出ていた単語があった。
「フッチボール、アレグリ」とはサッカーは喜びとともにある、といった意味である。W杯優勝を果たしたブラジルの選手たちも全く同じ言葉を繰り返していたことに気が付いた。主将のカフー(ローマ)は「どんな苦境でも、ブラジルサッカーは喜びとともになければいけない。陽気であることをサッカーで表現し、いつも笑顔で、決してうなだれてはならない」と繰り返していた。

 違う状況で、違う時間に、全く同じ言葉でサッカーを表現されたことに、どこか不思議で新鮮な思いがする。日本代表とともにどんなサッカーを目指すのかと聞かれて、ジーコが答えていたのは「喜びとともにあること」である。攻撃的な、守備的な、あるいは組織を重視するとか、個人技を生かすといった技術に留まらないことに、深い魅力と期待を抱く。トルシエ監督との最大の相違は、もしかするとこの点になるかもしれない。

 新監督は過酷なスポーツと笑顔、勝負事と喜び―相反する2つの概念をどう結びつけて、選手はどう表現するのだろうか。そう思いながら、冷え切った舌に最後の氷を入れた。

(東京中日スポーツ・2002.7.26より再録)

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