■セブンアイ
 
「49歳の新人」


 空調が止まっている体育館は静まり返り、湿度のせいでむせ返るような木の匂いが立ち込めていた。
「選手なんて弱いもんですよね。目標も、世間も、スポーツへの愛着も、30超えて初めてわかることもあるんですね」
 佐古賢一(アイシン)がバスケットゴールをバックに見せた笑顔は、おそらくどんなタイトルを手にしたときよりも輝いていたはずである。

 サッカーW杯で日本代表が華やかな脚光を浴び、トルコ戦にベスト8をかけているころ、新聞の片隅に、W杯とあまりに対照的なわずか数行の記事が載った。日本バスケットボール界の名門いすゞ自動車の休部に伴い、行き場を失った佐古が、強豪アイシン精機で練習を再開したとあり、新聞をちぎって手帳に挟んでいた。
 考えたのは、企業スポーツと選手の関係ではない。「30歳を超えて、初めてわかる」という、佐古が腹の底から絞った言葉である。

 孔子の論語では「30にして立つ」、両立というものである。学問や志は30歳でようやく確立するということだが、実感なんてできやしないだろう。省みれば、惑わないどころかほとんど迷路状態であるから、40歳の実感はさらに伴わない。さて、30、40とポピュラーな孔子も50歳になると何と表現するかかなり怪しくなってくる。

「じつは、それは自分にもわからなかったんだよ。彼は、年齢だ、50歳が決断させたと言っているんだけれどね」
 頼んでおいてそれはないだろうと笑ったが、サッカー日本代表のオファーを出した川淵三郎・協会副会長も、ジーコがなぜあれほど「生涯絶対にない」としていた監督に就任したのか、と首をかしげていた。50歳は知命であり、全てを受け入れ天命を悟る年齢だという。世界中の注目を浴び、未知数の、リスクをも抱えたチャレンジが今週末始まる。

 49歳の新人である。

(東京中日スポーツ・2002.7.19より再録)

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