■セブンアイ
 
「組織力と個人技」


 行くべきか、行かざるべきか。
 W杯でブラジルが優勝し、元プロサッカー選手のブラジル人を父、日本人を母に持つ彼は、どちらが正しいか悩んでいる。父は日本でプレーをしたこともあり、現在は日本をベースに、代理人としても活躍している。
「母親の私まで叱られたのよ」

 母親が、息子の受難を説明してくれた。
 父親がブラジルのしかも元プロである。ボールを持ったら、とにかく前を向け、行けるところまでドリブルをしろ、パスをするな、とずっと教えられてきた。そうして、小学校1年になり、この春から初めて地域のスクールに入ったら、いきなり「壁」にぶち当たってしまったという。
「息子は勝手にドリブルをせずに、まずパスをつなげと言われたうえに、コーチが私に、お宅の息子さんのような自己中心的な選手は私たちのクラブには合いませんと言うの」

 サッカーとは、組織力の競技である。日本代表のトルシエ監督がその根本的な哲学としていた「フラット3」という守備陣形は、「日本の個人的なフィジカル、テクニカルでは守りきれないから」といった、いわば個人を否定する発想から生まれたものである。
 一方、ブラジルが世界に向けて証明したのは、組織を支える圧倒的な個人技の可能性である。前を向く、とは1対1に、ときには1人で何人もの相手を倒すおもしろさの一歩目になる。ブラジルの子供たちは、みなそうやって育っている。ある程度の年齢になったとき初めて、その個人技の延長にさらに厳しい、自己犠牲や組織の優位性がサッカーの勝利のために存在することを知らされる。

 父には、「行け、どこまでも」と言われ、スクールでは「パスをしなさい」と言われ、彼の競技人生を踏み出した途端、困っている彼の姿はどこか可愛らしい。ブラジル優勝のインパクトが子供たちのサッカーにどんな影響をもたらすのか、これもまた注目される。

 さて、悩んでいた彼も、ブラジル優勝を見て固く決めた、と母親が教えてくれた。
「僕はドリブルで行けるところまで行ってみる」と。

(東京中日スポーツ・2002.7.5より再録)

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