■ピッチの残像
「つり糸の緩急が勝敗を分ける」


 何事もペース配分というものがある。
「4年間最後の会見。また泣かせたりしないでください」と、トルシエ監督は思い入れたっぷりだったのだろう。午後4時過ぎ、最後まで遅刻で始まった会見はついに1時間半に及んだ。

 大会前、ブラジルを優勝候補にしたのは、予選の出来があまりにも惨憺たる結果だったからだ。
 予選で苦しんだ同国は、大会前のキャンプもなぜかマレーシアで行い、プールサイドで水着姿を披露し、開幕前日、主将のエメルソンが肩を痛めて急きょ離脱した。得意のミニサッカーで遊んでいる最中の、悲劇なのか、喜劇なのかよくわからないのだが。

 その日、新聞に掲載されたコメントは、私の優勝候補には十分な根拠となった。
「エメルソンはGKをやったことがない。落下が下手なんだ」と、ロベルトカルロスは言う。
「慣れないポジションをやらせて悪かった」と、リバウドは後悔していた。あまりに違う論点に噴き出してしまった。彼らには「主将の分も」とか「優勝へ気を引き締めよう」という気持ちはないようだ。

 問題はペース配分である。1か月もの長丁場で決勝にピークを合わせるのは、至難の業だ。となれば、ある程度まではつり糸を緩め、ウキを泳がせなくてはならない。

 アルゼンチンは糸が張りすぎていると思い、フランスは緩みっぱなしだと感じた。スポーツでは、つり糸の緩急が勝敗を分ける。それが、一流と超一流を分けるのだと考えるとき、19日解散した日本代表が張り詰めたまま戦い抜いた1か月に敬意を払いたい。もちろん、8強に残っている韓国にも。そうして明日からの8強戦で、つり糸が、そろそろピンと張られるのだ。水面下をうごめく、「大魚」の影を巡って。

(東京中日スポーツ・2002.6.20より再録)

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