■ピッチの残像
「“喜怒哀楽”こそブラジルサッカーの魅力」


 日本代表に対しフィジカルの弱さやメンタルを指摘するなどとんでもないと反省する。イングランド対ブラジル戦を見ながら、いかに気が抜けているのか実感し、日本代表が去ったW杯の寂しさを思った。
 そうして通過する選手を取材するミックスゾーンに下り、両国記者の体を張った取材に音を上げた。飛び込むメンタルの強さもないし、「一瞬のスキ」によって瞬く間に前列を弾かれ疲労困憊、コメント寒しである。

 ベスト8には、記者もまずフィジカル、メンタルを鍛え直さないことには、と考えていると、心身ともに充実しきっているブラジル人記者にコメントを求められた。

「ブラジルサッカーの魅力はどこだと?」

 前半23分、イングランドに先制を許してスタートした試合、ブラジルは「感情」というものを最大限、サッカーによって表現したのではないかと思う。
 ロベルトカルロスは「楽しそう」だった。何かあると主審に話しかけ、相手フリーキックでは子供のようにボールを隠し、主審にいたずらを叱られるようなシーンがあった。同点ゴールを奪ったリバウドは、アウェーのユニフォームの下に、黄色のカナリアシャツをまとい「歓喜」を披露する。

 後半のロナウジーニョの退場には「悲しみ」、スコラリ監督はベンチを蹴飛ばし、主審の判定に「怒り」を露わにした。退場者が出たあと実に33分間、ブラジルが見せた壮大な「時間稼ぎ」には、ユーモアもある。すべてが高い技術に支えられて。
「喜怒哀楽」である。彼らは湧き上がる感情を90分、ボールを扱うことで表現する。4つを揃えるのは、サッカーを文化などではなく、生活とする彼らである。

 喜怒哀楽と答えようと思ったら、彼がいない。見ると、やって来たリバウドの最前列で携帯電話を彼の口に向けて、叫んでいた。

(東京中日スポーツ・2002.6.22より再録)

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