■ピッチの残像
「“守られた”GKと“嫌われた”GK」


 緑のピッチ上で「黄金」と「黒」が激しく交差する。実に鮮やかなコントラストだ。

 W杯得点王は「ゴールデン・シュー」、最優秀選手は「ゴールデン・ボール」、しかし唯一、人名のついた賞がある。
 現役生活で150本のPKを止め、代表78試合で70失点、つまり1試合1失点さえしていないという驚異的な数字と、数字以上に強烈な印象を、真っ黒のソックスと手袋によってライバルに、ファンに与えた旧ソ連時代のレフ・ヤシンにちなむ賞である。そのセーブから「黒蜘蛛」と呼ばれ、W杯では大会最高GKに「ヤシン賞」が贈られる。

「最高の名誉だが、その話をするにはまだ早い。私はまだ、何も止めていない」

 15日、パラグアイを完封したドイツのGKオリバー・カーン(バイエルン)は試合後、ヤシン賞最有力候補だと聞かされ、そう答えていた。唯一偶像化された賞が物語るのは、孤独や、ストライカーの華に対しての陰を体現するポジションへの感嘆や敬意であり、連帯感である。ヤシンは晩年、病で足を切断し90年に亡くなった。しかし後進のGK誰もがその技術と、人生にひかれるからこそ、この賞が続くのであろう。

 190cm台の大型GKが身体能力を生かしてプレーする時流に対し、我らが守護神・楢崎正剛(名古屋)は技術、繊細さで、明日から世界と、「ヤシン」に挑む。楽しみだ。

 16日のスウェーデン対セネガル戦では、延長でポストに当った2本のシュートが勝敗を分けた。ポストに守られたセネガルのGKは、ポストに嫌われゴールとなったスウェーデンのGKに駆け寄り、2人はしばらく抱き合っていた。縦2.44m、横7.32mの空間(ゴール)で争われる運の綱引き、残酷さと魔力。

 楢崎は唇をかんで、それらをじっと見ていたのだと思う。

(東京中日スポーツ・2002.6.17より再録)

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