■ピッチの残像
「戸田の『狂気』が日本を救う」


 あれが日本代表のすることなのか。日本人はあんなことはしなかったものだ。
 記者席の隣に座った、英国在住コーディネーターがぼそぼそとつぶやいている。ボランチの戸田和幸(清水)が、昨年日本代表に突如デビューしたころ、彼の髪型についてそんな小言を聞いたことがある。あなたはどう思うか? と聞かれたので、「まだ地味だと思う。ガンガンやって欲しい」と笑って答え、彼は席を立ってしまった。

「あれだけ滅茶苦茶にできれば、本当に羨ましいと思う」
 12日、JAMPS(日本のメディアセンター、周智郡森町)で、代表最後の囲み取材が行われた。
 戸田がここで羨ましいと言ったのは、サッカーの話ではなくて9日、KO負けを喫したマイク・タイソンの話である。ボクシング好きで、試合の結果をiモードで確認してからロシア戦に向かったというから、こちらもかなり滅茶苦茶である。
 しかし彼の落ち着いた口調と裏腹の言葉に、共感する部分がある。

 マラソン選手は、自らを追い込む過酷な練習の過程に必ず、ここを越えられるかという、正気と狂気の境界が見えると話す。
「足が痛くても、気を失っても、前に行こうと、足を出そうとする。狂気の沙汰です」
 女子マラソン選手にそう教えられたことがある。チームスポーツにはこうした狂気があるのか、ないのか、興味がある。だから、戸田がタイソンを好きな理由も、ヘアスタイルの理由もよくわかる。彼は「スポーツにおける狂気」を、常に心のどこかにしまっておきたいのだと思う。そしてその狂気こそ、日本を未知のステージに引き上げるのではないか。

「この男 凶暴に付き」
 戸田は代表の寄せ書きにそう書いている。加筆したい。
「その男、凶暴につき。ただし、ピッチ上に限り」

(東京中日スポーツ・2002.6.13より再録)

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