■ピッチの残像
「日本が最後に倒さねばならないのは個の頑丈さ」


 あれほど寒い中で見た試合を、私は一生忘れることはないと思う。

 昨年12月、パルマに行った際、隣町のモデナにセリエB・モデナとジェノアとの試合を観に行った。平日夜9時、気温はマイナス7度。しかし、バルサミコ酢の産地である街の小さなスタジアムは、地元クラブの昇格を祈る人々で満員であった。

 ジェノアに在籍していたチュニジアの選手を観に行くのが目的だった。もちろん試合のレベルが高いわけでも、有名な選手がいるわけでもない。おまけに手足も凍る寒さの中、選手さえみな毛布をひざにかけ、手袋をし、真っ白な息を吐いているような夜である。なぜ自分が試合終了までスタジアムで観ていたのか、後でわかったことがある。

 日本が、14日対戦するチュニジアのDF、ブザエンヌは31歳である。たとえセリエBであっても、イタリアでのプレーを続けたいと話していた。今年になって移籍したDFのバドラも、W杯に来日した後のキャンプで、「セリエBでの環境にも特に不満はなかった。あそこでプレーする限り、どんな小さなチャンスでもあるのだから」と言った。

 あと勝ち点1で日本は目標の第2ラウンド進出を果たすことができる。チュニジアのチーム分析は盛んだが、サッカーの基本が強靭な「1対1」であると前提するなら、異国の、それも全く違う環境で、例えば氷点下の気温に踏み堪えて他国のリーグを生き抜く個人の強さは、果たしてフォーメーションで計算ができるのだろうか。

 後でわかったのは、私が忘れることができないのは寒さではなく、ワンプレーに生活をかけて挑んで行く情熱だった。日本代表がグループリーグ最後に倒さねばならないのは、洗練された組織力ではない。荒削りだが、サッカーの根にある個の頑丈さである。

(東京中日スポーツ・2002.6.11より再録)

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