■ピッチの残像
「足をへし折られても倒れない」


 4年前、それらに勝つ方法はたったひとつだった。セリエAの激しさ、差別、孤独。
 歯を食いしばり、足を踏ん張り、削られても削られても、立ち上がることしかない。

 ロシア戦が始まってわずか6分中田英寿(パルマ)は、ベルギー戦で痛めていたのと同じ右足首にすさまじいタックルを浴びた。背中を一度、ピッチにつけただけで、すぐ立ち上がる。98年、ペルージャに移籍してから4年、戦い続けた相手が一体何だったのかを示したシーンである。

 サッカー後進地、極東からやって来た、ただの若造じゃないか、一発ガツンとお見舞いしときゃあいいだろう。ペルージャでスタートした最初の数カ月、中田を襲ったのはある意味での差別意識であり、それを形にしたタックルだった。

 彼がセリエAに出す「名刺」に刷り込んだのは、「足をへし折られても倒れない」と書かれた一文だった。

「オレがもしピッチで倒れて寝転んでいたら、それはもう本当に立てない、動けないとき。エレガントじゃないことはしたくない。第一、痛みなんて、サッカーで望む結果を得ようとしたら些細なことでしかないから」

 この4年、いつもそう話していた。

 ロシア戦で浴びたタックルは明らかに、相手が「狙って」来たものである。もし開始6分で倒れこんでいたら、ベルギー戦で痛めた箇所とその度合いを認めることにもなる。相手の意図に屈することは、試合の流れを大きく左右することにつながってしまう。恐らく息さえできないほどの激痛に、表情を変えずにすぐに立ち上がったとき、ロシアは、彼が怪我によってピッチを去ることを諦めなくてはならなかったはずだ。

 選手にとって痛みほど個人差があるものはない、と専門家は言う。姿勢を正しミックスゾーンを去る背中を見送りながら、痛みに耐える力こそ、中田を欧州で成功させた才能だったのではないか、そう思った。

(東京中日スポーツ・2002.6.10より再録)

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