■ピッチの残像
「ストライカーの性に終焉なし」


 今にも崩れ落ちてしまいそうだった、まるで嘔吐しそうなほど真っ青な顔をして、通路の壁に背中をくっつけ、胸の前で十字を切って天を仰いでいたんだ、何かに怯える子供のようにだよ、あの彼がね。

 世界のエースストライカー、アルゼンチンのバティストゥータが2日、「死のグループ」と呼ばれるF組の初戦でナイジェリアを倒す決勝ゴールを決めたとき、フランスW杯日本代表のルイス・フラビオ(ブラジル)フィジカルコーチが教えてくれたこの「シーン」が蘇った。

 4年前、日本がアルゼンチンと対戦したスタジアム(トゥールーズ)の関係者通路で同氏が試合後目撃したのは、日本の息の根を止める1点を奪った、憎っくきストライカーの姿ではない。
「初戦」の重圧に勝って1点を奪ったが、それがどれほどの恐怖と戦った結果であるか。試合前ではなく、すべてが終わった時こそ、襲い掛かってくるのであろう。祝福に同氏が肩を叩くと、彼は言ったという。
「神の力だ。私の力ではない」

 繊細で、謙虚で、しかしそれを誰よりも深く知るゆえに、「一瞬」を決して逃がさず生き抜こうとする人種の、真の姿である。数十億人が凝視する舞台で演じ切らなくてはならない強さ、豪放さといった役回りとはかけ離れていることに、深い魅力を覚える。

 4年前と同じように、バティは1点を奪いチームは3点を得た。今大会前、彼の時代は終わった、そう酷評された時期もある。確かにひとつの時代は終わっていたのかもしれない。しかし、一瞬をつかむことだけで世界中を生き抜いて来たストライカーの性(さが)に、終焉など来るはずもない。
 カシマスタジアムの通路で十字を切って、天を仰いでいたのだろうか。

 3度目のW杯、通算10ゴール、33歳の得点王の夢。

(東京中日スポーツ・2002.6.3より再録)

BEFORE
HOME