■ピッチの残像
「平常心という名の魂の在り様」


 セネガルのブルーノ・メツ監督は、白いTシャツにジャケット、細身のパンツ、あるいはジーンズ、そしてブランドのモカシンを素足で履いて、「戦場」と呼ばれるピッチのベンチに座る。32カ国中、そんな監督は彼しかいない。

「いつもそういうファッションなのか。それとも、試合によって着替えることも?」

 昨年10月、日本がフランスのランスで同国との親善試合に敗れた際(0−2)、そして同12月、韓国での抽選会で取材する機会があり、こんな問いをした。監督はちょっとスローな英語で戸惑いながら笑い出した。

「サッカーで言われるディシプリン(規律)が好きではないんだ。私は警官でもなければ教師でもない、仲間である選手との間には友情がある。できるだけ自分の姿に近いスタイルを選んだら、Tシャツになった」

 代表監督に就任した18か月前、旧代表選手をも呼んで数十人でパーティーをした。W杯出場の功績をたたえて、国民栄誉賞も受けた。どちらも真っ白なTシャツで。

 釜山での抽選会で、48歳のフランス人は夢が3つあると言った。ひとつは、セネガルのW杯出場、母国と同じグループに入ること、最後に彼らに勝つことだと。

「開幕の格好? クビにならない限り、このスタイルで」

 あのスタイルは、己をシンプルに、実に力強く表現し、同時に選手との飾らない連帯を象徴している。恐慌の真っただ中に陥った王者にとって、白いTシャツで笑いながらベンチに座るようなこの男こそ、最大の敵ではなかったか。メツと彼の選手には、ジダンがいようがいまいが関係はなかった。波乱など望まず、ただ自然体を貫いたにすぎないだろう。W杯で恐るべきは、特別は戦略や技術ではもはや、ない。平常心という名の魂の在り様である。

(東京中日スポーツ・2002.6.2より再録)

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