■セブンアイ
「いとしのレフティ」


「あれえ」と声をあげて笑い合った。
 浜松に出張すると、必ずうなぎを食べることにしている。記者、カメラマン4人と座敷に座り、「うな重」の蓋をあの香りとともに厳かに開けようとした瞬間、4人のうち3人が左利きであることに、気が付いた。
 異常な「サウスポー専有率」である。
「珍しいですよ、こんなこと。左っていうとなんか変わり者、という感じですから」
 一人の言葉にうなずくよりも、一口目のうなぎの誘惑に負けて黙ってしまったが、とにかく珍しいこともある。私は右手骨折がきっかけの後天性である。ギプスを付けたために左手を使うようになり、治ったあと、今度は戻すのが面倒になり、結局、ほとんどのスポーツを左でもやるようになった。

 サウスは南、ポーは米国先住民の表現で動物の手を意味する。メジャーリーグの担当者が「左利きの腕は、球場の南側から伸びてくる」ことを、こう命名したとされている。
 スポーツ界を長い間リードしてきたこの「手」の時代を、じつに鮮やかに「足」の時代に転換させたのが、この人ではなかったか。17日、サッカーのW杯日本代表23人が発表されたとき、膝の手術、リハビリを黙々とこなしてきた名波 浩(磐田)の名前がないことに落胆した。名波という左利きのお陰で、メディアは「手」ではなく「レフティ」という足を含めた単語を使うようになり、スポーツにおける「左」の存在意義を再確認することになったのではないかと思う。

 もう一人のレフティ・中村俊輔(横浜F・マリノス)も選ばれなかった。2人には共通項がある。足は左利きであること、4人の男兄弟の末っ子であること。決して社交的ではなく、ピッチで見せるパスほどには雄弁ではないこと。彼らのプレーが持つ意外性、個性、自由な空気は、組織や計算といった団体競技の概念の中において、特別な輝きを放つ存在である。代表23人に、左のスペシャリストとしてのパサーが1人もいないことは、善し悪しは別に、とても寂しい。
 うなぎを食べる4人のうち3人が、スペシャルではない左利きであるというのに。

(東京中日スポーツ・2002.5.24より再録)

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