■セブンアイ
 「新しい季節」


 駅のホームでうずくまっていた男性に声をかけた。気分が悪く、目まいがしたという。ベンチに腰掛けてもらったとき、彼が新しいスーツにネクタイ、磨き上げた靴を履いていることがわかった。
「大丈夫です、すみません。なんか毎日慣れないことばかりで」
 血の気の戻った笑顔に安心し、次の電車に乗り込む。彼の、多少ひ弱いが、しかし初々しい姿に、新しい季節が巡ってきたことを思い、自分が入社したのは何年前だったかと考えた。

 ステップアップし、新しい環境に入ることは未知の楽しい経験である。しかし、思う以上に緊張はするし、プレッシャーもあるかもしれない。体は正直だから、抱え切れないことがあると、シグナルを発する。スポーツでは、よくこんなことが起きる。

 サッカー日本代表の右サイドとして加わった市川大祐(清水)は17歳だった4年前、岡田監督率いるフランスW杯候補に選ばれた。代表にはなれなかったが、1か月チームに帯同し、緊張と、世間の「高校生の修学旅行」といった批判と向き合い、後に「オーバートレーニング症候群」に襲われた。
「いい経験だったと思います。思い出したのは、初めて自分が代表のユニフォームを着てピッチに立ったときのことです。ものすごく緊張しました。でもあの緊張感を、また味わいたかったんです」
 ウクライナ、ポーランドと続いたテストマッチで終えたあと、市川は笑顔で言った。

 選手生命の危機を乗り越え、再び代表のユニフォームに腕を通し、緊張と懸命に戦う姿を見ながら、彼が取り戻した「初心」を心から羨ましく、気高いと思った。そういえば、彼が日本代表に史上最年少デビューしたのも、98年、4月1日だった。

 初めて原稿を書いてデスクに怒られ、やっと新聞に載った日のことなど忘れている凡人は、ひたすら見習うしかないのである。

(東京中日スポーツ・2002.4.5より再録)

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