■セブンアイ
 「キャッチボールをもう一度」


 サッカー担当記者でランニングクラブを作り、出張先で走っている。箱根駅伝出場という輝かしい経歴を持つ会長のもと、名門ゴルフクラブ並の厳しい規約も完成し、日本が世界に誇る女子マラソンランナーたちを名誉会員にお迎えすることになった。
 しかしクラブの「格」に比較すると、会員たちの走力と早朝の出席率は相当怪しい。レベルアップのために自宅周辺を走っていたら、ボールと一緒に男の子が飛び出してきた。拾って投げ返す。
「ありがとうございます」と頭を下げると、野球帽のつばに手をやった。エンブレムはマリナーズだ。
「かっこいいねえ、野球選手になるんだ」と歩み寄ると、彼は照れくさそうに笑った。
「うん」

 野球人気は凋落しているとされるが、日本体育協会のガイドブック『スポーツ少年団とは』を見ると、昨年で野球少年団は6,822、団員数164,432人と、サッカーの4,821、団員153,424人を上回る(平成13年度登録、12月20日現在)。
 キャッチボールをする人たちは減ったが、「野球選手になりたい」という少年たちの夢は、今も空き地の隅っこで生き続けているようだ。

 子供の頃から野球が好きだった。投げて、受け取る。キャッチボールは言葉のいらない、しかしなぜかどんな会話にも勝るコミュニケーションだと思う。父はいつも「ボールは相手が取りやすいところに投げなさい」と言っていた。そして、女の子相手になぜか「ショートバウンドは後ろに反らしちゃダメだよ」と捕球の仕方を教えてくれた。
 走るのを中断し、マリナーズの野球帽君と素手でキャッチボールをしながら、悪送球を反らすな、と父に言われていたことをふと思い出した。
 神田の運動具店で買ってもらったグラブが宝物だったあの頃、私が被っていたのはどこの野球帽だったのだろう。

 再び走り出したとき、ランニングクラブの次は、キャッチボール愛好会を作ろうと思った。ボールがビシッとグラブに入る音を聞く毎日が待ち遠しい。あと2週間。

(東京中日スポーツ・2002.3.15より再録)

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