■セブンアイ
 「開幕」


 新聞の束を脇に抱え、階段を駆け上がって新幹線に飛び乗る。Jリーグ開幕の日、降り注ぐ春の力強い日射しに目を細めながら、また、こんな慌しい日々が始まる、W杯まで3カ月かと、月日の早さにため息をつく。
 携帯の留守電に、伝言が残っている。
「お元気ですか。僕らは明日、開幕です。チームは変わっていますけど、とりあえず……」
 浦和のDF井原正巳は、「とりあえず」と吹き込みながら、照れたように笑っている。
「とりあえず今年もまた、開幕を迎えることができました。ありがとうございました」

 34歳、顔の皺も深く、美しく刻まれる歳になった。横浜FMから磐田、浦和と移籍し、Jリーグ開始から10年目の今年、10年連続で1部リーグの開幕戦に出場を果たした。4年前、日本代表がW杯に出場したフランス大会の主将は、トルシエ監督の代表候補ではない。現代表への高まる期待と熱気の中で、彼らが扱われることはないだろう。しかし、井原を含め5人が、「記録されない大記録」を、今年の開幕で達成している。

 フランス代表で中盤を務め、その繊細なパスを英国で「絹糸のようだ」と評された山口素弘(名古屋)は、クラブの消滅を経験した。同じ98年W杯代表で現在も候補に入る鹿島の秋田 豊もまた、その闘志に少しの陰りも見えない。ドーハの悲劇を知る森保 一からは広島から今季昇格を果たした仙台へ移籍し、沢登正朗は清水で10番を守り続ける。

 スタジアムで観客などいない、まさか日本でW杯が行われるなどと誰も思わなかった時代から、彼らはW杯のぶ厚い壁に体当たりし、W杯初出場を果たし、日本のサッカーと日本代表を築き上げてきた。時間の悪戯なめぐり合わせから「2002年」は厳しいかもしれない。しかし10年連続で開幕のピッチに立つことの意味を、今年だからこそ、胸に深く留めたい。

 留守番電話を聞き終え、つぶやいた。
「本当に、おめでとう」
 彼らに、「静かなる喝采」を。

(東京中日スポーツ・2002.3.8より再録)

 
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