Bi-Weekly Column 1/8「Eye from the SHOT
些細なこだわりが生む魔法の予感


「男のくせに、細かいことばかり言う人」
 男女平等の精神には反するのかもしれないが、些細なことにあまりにも口うるさい男性には、女性陣からこんな声が飛ぷ。ところが、この「細かいことを言う」のが職業の基本になる異性たちもいる。
 スポーツ選手である。
 野球選手はコントロールを指して「ポール4分の1個分」などと言うし、シューズを10グラム軽くした、とのコメントも聞く。どちらも見当のつかない距離であり、重量である。しかし究極の感覚に生きる選手たちには、些細なこだわりだけが、競技生活を支える命綱になるのだ。
 その命綱をスポーツに限っては何本か持つ、これがトップ選手になる重要なポイントである。中田英寿(ペルージャ)、小野伸二(レッズ)とともに、近未来の日本代走を背負うと期待されるMF中村俊輔(マリノス)も、命綱を持っている選手の1人だろう。
 左足からの、正確で独特な回転をするフリーキック、コーナーキックにも無論こだわりがある。ほかの選手に比べても、非常に丁寧にボールをセットする仕草が気になり質問したときだった。
「ボールにあるマークの部分の位置です。それを、右の上に持ってくるようにしています。どの辺か、うーんこれくらいですか」
 そう言って右手を45度の角度に倒してみせた。こうすると、ボールの空気穴の個所も常に一定の場所に置くことができる。武器の左足でのキックに独特の回転を持たせるために、中村はサッカーを始めて以来、どこの地点をどう蹴れば、どう回転するか、これをいやというほど繰り返してきたという。あたり前のようでじつは研ぎ澄まされた感性なしにはできない練習でもある。
 横浜Fにはフリーキックの超スペシャリストだったエドゥーがいた。彼の30メートル級のフリーキックには魅了されたファンも多かっただろう。彼も、フリーキックの際には必ず空気穴を真下にし、芝の上にじつに丁寧に置いた。彼のキック力を最大限に生かすためのボールの回転は、空気穴の近辺を蹴ることによって生まれるものだ、と教えられことがあった。
 中村がボールを芝の上にボールを置く動作には、次の瞬間、起きるかもしれない魔法の予感がする。それを考えているわずか数秒間でも、胸が躍る。

(週刊サッカーマガジン・'99.01.06-13合併号より再録)

BEFORE
HOME