代表スタッフが世界で学んだもの


 10日間で5試合──じつに2日に1度の強行軍でアジア大会を終えた、21歳以下代表(五輪代表)DF市川大祐(18=清水)は言った。
「アジアのレベルは非常に高く、すペての点で自分を上回っていると感じました」
 この1年、もっとも多くの「代表」を背負ったMF小野伸二(19=浦和)もしみじみと言う。
「足りなかったのは、要するに執着心です。ボールヘの、相手への、すべてにおいての執着心がなかった」
 6月のW杯からまさに休む間もなく、19歳以下代表、21歳以下の五輪代表、日本代表とすべての年代の代表としてプレーをし、浦和の先発もこなし、オールスター、JOMO杯にも出場。彼がルーキーだったことさえ、誰もが忘れかけている。
 高温多湿が予想されたバンコクも、11日、日本が決勝トーナメント進出の望みをかけた対UAE戦(0−1で敗戦)では、むしろ風が心地よい絶好のコンディションとなった。やっと好条件になったと思った時には、すでに運動量も体のキレも、思考能力も十分には機能しなくなっていた。皮肉な結果である。
 あの日は、決勝トーナメント進出の可能性はもはやなかったが、小野や市川のような選手たちのコメントを耳にしたことは忘れない。
 6月26日、フランスW杯の予選リーグ最終戦、ジャマイカに敗れた日である。
「この試合に勝てれば……」
 そういう試合を日本はわずか半年間で2度逃がした。
 何が足りなかったのか。
 つき止められるようなものではないが、選手とともに日本代表を背負い、フランスでの日々を戦い抜いた代表スタッフの話には、重要なヒントもある。選手が課題を感じたのと同様、スタッフにも収穫と課題が残った。フランスから帰国した後、話を聞いた。
 今回の21歳以下代表にも帯同する徳弘豊レーナー(トク・スポーツセラピー)は、「足りなかったもの」について、「強い選手とはどんな選手で、どうすれば強い選手を育てことができるのか、この哲学」と、コンディションをタ預かるトレーナーの立場から話していた。
 日本代表はその環境において、常に世界のトップクラスにある。今回も市内の高級ホテルに滞在した。過去、恵まれない時代からスタッフ、協会が築いてきた環壌の整備は着実な成果を上げた。しかし一方では、整備だけが選手を強くするのではないし、残念ながらかけた金額の分だけ勝ち進むわけでもない。徳弘氏の指摘は、フランスW杯代表のメディカルスタッフ皆が同じく口にしたことだった。
 川崎のスタッフも務めた田中博明トレーナー(スポーツケア・PNF研究所)は、モチベーション、と表現していた。
「モチベーションとは相手に勝つことだけなのか、環境に対してなのか、それとも純粋に競技へのものなのか、それを考えなければならない」
 福林徹チームドクター(東大総合文化研究科教授)と、並木麿去光トレーナー(スポーツマッサージ・ナズー)は「競技におけるメンタル面の充実」と言った。
「調整の中にはメンタルも含まれているはずだが、今回の代表ではそこまでのケアができなかった」
 福林ドクターは、長い時で一か月以上に及ぷ集団生活の難しさをあげた。個々のメンタル面をケアするため、海外のチームは必ずセラピストを帯同するが、そういう面での検討も必要なのでは、と提案した。
「心技体、と古い表現なんですが、このうち心の部分がもっとも足りないし難しい」
 並木トレーナーはこう分析する。心の安定を何にどうやって求めるのか。これはサッカーだけではなく、日本のスポーツ界全体の問題でもある。プレッシャー、と呼ばれるものの正体も、じつはよくわからない。
「結局、技術だけでは勝てないし、気持ちだけでコンディションのカバーはできない。技術を正しく動かす体力、体力を発揮するためのメンタル。どれも等しく必要です」
 小野同様、3つの代表を戦った市川はそう言った。
 並木氏が指摘した心技体のバランス、いわば「三身一体」の重要性は、Jリーグの理念ばかりではないようだ。

週刊文春・'98.12.24号より再録)

BEFORE
HOME