必見! 秋田豊、守りの心理戦


 スポーツを観戦するのに、テレビと、実際にスタジアムに行って見るのとでは、どこが違うだろうか。
 テレビでは、カメラが撮った映像をディレクターが選んで画面に流す。ディレクターと自分の観たい映像が同じならば文句はない。しかし場合によっては勝利の瞬間、選手や監督の顔ではなく、スタンドから投げ込まれる紙吹雪やテープを延々と見なければならないこともある。ミスや負けた選手の表情も観たいときに、勝利者だけ観なければならないこともある。
 つまり自分の好きなシーンを選ぶことができないのが、テレビ観戦のマイナスポイントである。逆にスタジアムで観戦すると、好きなシーンも思いのまま。ただし、寒さは我慢しなければならないが。
 21日に行われたJリーグ・チャンピオンシップ第1戦(国立競技場)で、自分の観たいシーンの中でも選りすぐった場面を、延長まで含めてじつに110分間も見ることができた。堪能したというべきだろうか。リーグ最高峰に立つ2人の「対決」は、何度観ても飽きることがない。
 鹿島鉄壁にの守りの要・秋田豊(28)と、リーグ史上最多記録(36点)で得点王を手中にした磐田の中山雅史(31)。画面には映らない所で続いた中山との、肉体・心理両面での駆け引き、凄まじい集中力には、「ほぼ完璧だった」(鹿島ゼ・マリオ監督)との絶賛の声も上がった。
 マンマーク(1対1でのマーク)ではないが、中山に対する秋田の動きは、ときに体を張り、勢いから両者が倒れ込むほどのものだった。特にセットプレーでは一歩前に出るか、出ないか、おそらく数センチをめぐる攻防戦を展開していたはずだ。
 前半18分には、中山が右からのセンタリングに飛び込む。秋田はこのボールに対し、肩を入れて中山のコースを阻止。倒れた中山が主審に「今のはファールだ」と抗議するのを見ながら、秋田は自らの肩を叩きながら平然としていた。
 試合後、そのプレーがギャンブルだったのかどうか、と質問された。
「いえ、絶対にファールにはならない、そういう計算をし尽くして(中山の前に)体を入れたプレーです」
 この日、中山のシュートはPK以外に3本。すべてが、秋田のマークが離れた瞬間のものである。偶然ではない。
 昨年だけで両チームの対戦は6度(鹿島4勝)、さらに今年に入ってからもリーグ戦を含めてこの試合で4戦目。わずか2年で次戦も含めてじつに11戦も対戦することになる。もう「知り尽くして」いる。
「6試合の成果もありますし、慣れている分、集中していいプレーができる。もちろん厳しいんですが、むしろ楽しい。中山さんは今日も運動量が落ちませんでしたね」
 秋田は、昨年のW杯アジア予選から日本代表の屋台骨を支える存在となり、フランスでのフル出場で戦った。肉体的に有利な外国勢の当たりにも負けない強さ、攻守での武器となる正確なヘディング。ポスト・フランスをリードする存在だ。
 しかし、こうした目に見えるもの以上に、ボールがない所、つまり俗に「オフ・ザ・ボール」と言われる場所での熾烈な勝負において、秋田は相手との駆け引きを征する選手である。
 W杯では、盛んにアルゼンチンのエース・ストライカー、バティストゥータのマークについて聞かれた。そんな問いに秋田は決まってこう答える。
「Jリーグで誰かをマークするときにもビデオを観て、その選手の特徴と得意なプレーを分析するのですから、何もW杯だけが特別ということではありません」
 DFの仕事のうちのほとんどは、残念なことにテレビに映ることがない。体中に神経を張り巡らし、相手の影を追い続けなければならない。
「どんな選手でもまず特徴を消すことでしょうね。これが心理戦で相手を崩すことにすながるはずです」
 では中山の場合……。
 続いた質問に秋田は笑った。
「それは言えないでしょう」
 秋田のプレーの素晴らしさはテレビ画面では見尽くせない。だからスタジアムへ。2一の対戦を見ていれば、おそらく寒さを感じることなどない。

週刊文春・'98.12.3号より再録)

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