森島が惹かれたジダンの繊細さ


 スポーツ界にもいろいろなタイプの選手がいる。しかし、取材の約束に5分遅れたくらいで、「えらいスンマセン、センマセン」と頭を下げながら、ダッシュしてくる選手はそういない。
 15日のダービーマッチ(対G大阪、長居)で、MF森島寛晃(26=C大阪)が、ついに得点ランキング2位の柳沢敦(21=鹿島)に並んだ。
 独走する中山雅史(31=磐田)の24点を射程圏に奥17点。Jリーグ第2ステージ一番の楽しみは、中堅の森島、ベテランの中山、若手の柳沢──それぞれ年代も、タイプもまったく異なる日本選手が、三つ巴で「得点王」を競っていることである。
 6月16日横浜国際総合競技場で行われたオールスターにはJ−WESTで出場。後半、逆転の2得点を奪ってMIP(最も印象に残った選手)を獲得した。そこから1か月経過したが、モリシの勢いは衰えない。
「特にこれといって理由はないんですが……。ただ、やはりあの経験は間違いなく教訓にはなっていると、そう思います」

 あの経験、とは6月20日、フランスのナントでピッチにたった、11分間のことを指す。第2戦、後半34分、MF名良橋晃(27=鹿島)に代わって出場。0対0の均衡を破るために投入されるはずが、アップを終えてベンチに向かった瞬間、スーケルの得点が決まってしまった。もっとも厳しい局面での「初登場」になったのだ。
「あれでもう、W杯だの初出場だの感動だの、そういうものがすべて一気に吹き飛んでしまいました。ですから今、W杯のことを聞かれても、実際にはよく思い出せないんです、暑かったのかもさえ」
「モリシのゴールが見たい!」という応援コールが、サポーター席からあれほど大きく響いたことはなかったが、本人はそれも「一度も聞こえなかった」と振り返る。
 時間はわずかに11分。あれほどゴールがほしいと思ったことはかつてなかった。しかし、叶わぬまま終わった。身長168センチ、たしか10番目くらいに小柄だった。
「身体能力でのハンディは感じなかったんですが、驚いたのは、豪快さやパワーでもなくて、むしろ丁寧さでした。あれはJに戻ってからもっても心がけている点です」
 学んだのは、大舞台でこその彼らの繊細さや丁寧さの方だったという。速く持ち込んで、勢いでシュート、という自分たちのプレースタイルとはまるで違う。むしろゴール前に近くなればなるほど、身長で基本に忠実に見えた。その丁寧さが、自分との最も大きな違いと感じられた。

 試合はこれで終わったが、もうひとつ面白い体験もしている。
 高校は静岡で東海大一高というサッカーの名門校にいながら、じつはあまり海外のサッカーに興味がなかった。チームメイトに比べると、サッカー中継を衛星放送で見ることも、誰かのプレーに憧れるようなこともない。
 しかし今回だけは違った。6月10日の開幕後には、とにかく時間があったこともあり、ほかの試合を次々とテレビで観戦した。
「みんなより10年も遅れて、今頃W杯み夢中でかじりついた。あれほど海外の試合を見て選手の名前を覚えたりしたのは初めてでした」
 と苦笑する。

 始めて好きな外国選手を見つけることになった。優勝したフランスが誇るMFジダン(ユベントス)。高い技術を生かした突破力から「魔術師」などと呼ばれる。恵まれた体、勝負強さ、なによりゴール前での、それは丁寧で繊細なプレーに惹かれた。
 '94年、代表にデビューしたチェコ戦では、クロアチア戦での森島とは逆に、わずか16分間で2点を奪っている。
「遅ればせながら好きな選手を見つけました。あんなプレーをしたい、と言ってできるものではありません。しかし、ゴール前での丁寧さ、それだけはJでも絶対に忘れないようにしてます」
 帰国してジダンのプロフィールを見ると、あれだけ貫禄がある選手なのに、同じ'72年生まれだった。それも、大いに励みになっている。
 そこで、モリシ、発の得点王獲得への自信のほどは?
「何をおっしゃいます!」
 こういう謙虚な言葉が口癖の選手も、そうはいない。

週刊文春・'98.10.1号より再録)

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