岡野雅行、スタメンへ脱皮できるか?


 270分のうち68分。
 開幕から怒濤の3連勝。チームが首位に立っている現実と、自らの3試合出場時間は比例していない。
 だから、自分が勝利に貢献している、という強い手応えはまったくない。しかし一方では、チームの勢いは、全員で作りあげるものだ、ということもまた、よく理解している。この人ほど、チームに自分が何をするべきか、それを理解し実践してきた選手はいないかもしれない。

 5日、国立競技場で行われた川崎戦で、俊足・岡野雅行(26=浦和レッズ)に出番が回ってきたのは、後半22分、すでに試合のダメを押す3点目が入った直後だった。
「結果(3連勝で首位)だ出ているんだから納得しなくてはいけない。局面を変え、得点に持ち込む、そういう仕事には自信を持っているんで……そういう局面で、必ずいい仕事をしたいとは思っています。でも難しい。本当に複雑です」
 当然だろう。
 昨年のW杯アジア最終予選、我慢し続けた最後の最後に巡ってきたイラン戦で、初出場で初得点、しかも日本をフランスに導くゴールを決めた選手なのだから。

 フランスW杯が終了してから2か月が経ち、それはもうずいぶんと遠い昔の話に思えるようになってきた。しかし、岡野は今もなお、あの期間の悶々とした気持ちを背負っているかに見える。
 フランス大会の日本代表25人中、岡野は、いまだにベンチを温めている。
 他のメンバーは、クラブに帰って当然のようにスターティングメンバーに戻った。
「W杯から帰国して、もっとも世界と違う、と感じたのは、シュートまで持っていこうとするしつこさと粘り。だから、自分も積極的に積極的に、最後までシュートを打って終わることをイメージしているんです」
 事実、苦手だった左足のシュートを特訓し、MFらに簡単にボールを返そうとする自分の精神を戒めた。100メートル11秒1、という俊足ばかりが目立っていたプレーにまた、少しずつ変化している。
 そうやって「フランス後」を積み重ね、8月8日、神戸で行われた神戸戦では、前半33分からの途中出場にもかかわらず、左足のシュートを含めてハットトリックを果たした。
 しかし、サブ、であるという状況に変化は起きなかった。

「ぼくの今の立場では、1分でも1秒でも巡ってくるチャンスをものにするしかないわけです。辛いですが、チャンスを見逃さないよう集中することも大事」
 じつは、W杯期間中、そのチャンスさえ与えられることはなかった。岡野が相手国のエースFW役を務めていたからである。
 要するに、「仮想バティステュータ(アルゼンチン)」、「仮想スーケル(クロアチア)」といったダミー役である。フランス現地での練習は、紅白戦や戦術練習になると非公開となっていた。そんなとき、塀の向こうでは岡野が相手のエースFWとして動くことで、守備のレベルアップを図っていた。
 グラウンドでのこうした実践練習のために、ビデオを見て相手の特徴をマスターしなくてはならない。岡野はそれをやっていた。
「代表では、岡野、きょうはバティな、スーケル役頼むよ、って言われてましたからね。代表で学んだのは平凡だけど、我慢をする、ということ。我慢して我慢して、もう1回我慢してそのときを待つということ。そう言い聞かせるしかない」
 5月からすでに3か月、サブを続けている岡野にとって、今はまさに、キャリアをかけた「我慢のとき」がやってきているのかもしれない。

 5日、川崎戦と同じ日、岡野が大好きだというボクシングの、世界スーパーフェザー級タイトルマッチが行われた。
 身体的にはサッカーとは違うが、精神面ではボクシングがもっとも参考になるのだと、説明してくれたことがある。
 タクシーではラジオが流れていた。
「挑戦者の畑山(隆則)は、我慢して、我慢して、訪れたチャンスをものにしました。昨年の連敗から1年、よく我慢をしましたね」
 岡野もどこかで観ていたのだろうか。

週刊文春・'98.9.17号より再録)

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