伊東輝悦、出番ナシからの逆襲


 ある競技の関係者を取材しているとき、溜息をもらされた。
「だいたい、何のための茶パツなんだい。日本人の髪は黒だろう。どうも競技と関係ないことで騒がれたいっていう、チャラチャラした感じがしてならんよ」
 苦虫を噛み潰すような顔で断定された。部屋のテレビには、高校生たちが丸刈りで懸命にボールを追っている「さわやかな」姿が映し出されている。
「サッカーがいかんのだよ、サッカーが!」
 話を聞きながら、おかしくて仕方なかった。茶パツで怒っていたら、サッカーなど見ていられない。そもそも茶パツなんて、もう完全に遅れている。中田英寿(21=ペルージャ)はフランスW杯の前に金髪にしていた。
 こんな話を聞いたせいか、髪をあっと驚く色──第1ステージ準優勝に敬意を払って、エスパルスのオレンジ色とでも形容しよう──オレンジ色に染めたMF伊東輝悦(24=清水)の話を聞きたくなった。横浜国際総合競技場で行われた第2ステージ開幕戦、横浜F対清水(4−2で清水)に行った。伊東はいつもクールな選手である。

 しかし目立つ。
 どこにいるかすぐに分かるから、プレーに見入ってしまう時間が自然と長くなっている。16日のオールスターにもJ−WESTから出場。伊東が交代出場してから、バラバラだったDFと攻撃陣が統一され逆転に結びついた。そういう見事な役割を果たしている。
 テレビ解説した中山雅史(30=磐田)が「伊東にはよく似合いますよ、あの色が。似合わない僕らがやったら……」と周囲を笑わせたが、確かによく似合う。
 染めたのは、フランスW杯から帰国した直後だった。フランスでの3試合、出番は1分もなかった。
 5月、フランス大会の代表25人に選ばれたが、結局「岡田ジャパン」での出場は、わずか27分(5月キリン杯)。代表が帰国した6月29日、ホテルでの会見で、W杯の感想を求められると、「つまらなかった」とだけ言った。サブ(交代要員)として表面上だけでも繕えばいいのに、と感じた。しかし同時に、飾らない、真正直過ぎるコメントに、1か月間ものストレスがにじみ出ていた。
「本当にそういう気持ちだった。良い悪いではなくて、つまらなかった。それだけ。何もしなかったし、できなかった」
 開幕戦を4−2の好スタートで滑り出した試合後、伊東はそういって笑った。

 持ち味は、サッカーを熟知した判断力の素晴らしさと、それを実現する攻守での運動量、技術にある。アトランタ五輪ブラジル戦では、日本の1点をもぎ取った選手でもある。
 髪の話題にした。理由なんてないよ、とばかりに、また、フッと笑った。
「美容院で、明るい色にしてよ、ってね。いくつか候補もあったのだけど、これが一番パッとしていた」
 でも目立つ。
「そう。目立つと、当然、あんな髪の色でチャラチャラして、と批判する人もいるでしょう」
 先の関係者の顔がアップで浮かんできて、吹き出しそうになった。
「それでいいんだ。そうやって自分にプレッシャーをかけることにもなるんでね」
 W杯に行きながら出場できなかったことを、悔しいとか、ましてその思いをJリーグにぶつけるなどということを、伊東は一切言わない。よく言う心境の変化、などという生やさしいものではない。オレンジ色の髪は、誰にも注目されることがなかった1か月を経て仕掛けてきた、強烈な逆襲ではないか。
「オレを見ろ」、という観衆への勝負でもある。
 W杯日本代表のうち、フランスまで行きながら1試合にも出場できなかった選手は、清水から選ばれたDFの斉藤俊秀、市川大祐、そして伊東の3人を含め6人いる。
 髪を染めても、えらく骨太の選手がいることを、かの関係者に知らせたい。

週刊文春・'98.9.3号より再録)

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