記者さえ引き込む小野の魅力


「きょうは、どうだったのかな……」

 18歳のMF小野伸二(浦和)は、あの誰かさんなら一笑に付すような、こんなしょうもない質問にも丁寧に、しかも笑顔のおまけ付きで答えてくれた。時計はすでに夜の10時を回っている。

−−試合(3月28日、対C大阪戦)を振り返って……。
「マンツーマンで付かれてしまって、何もできませんでしたね。ああやって付かれた時、どうやって打開するか、そういう課題が見つかったことがよかったと思うんです。ホント、よかったです」

−−初の延長戦の感想は?
「疲れました。もともとない頭を、ずいぶん使っちゃって……。どこに(パスを)出そうか、それを考え続けているうちにスローな回転になって、逆に判断ミスがすごく多くなってしまいました」

−−代表入りについては?
「いえ、特別に意識はしなかったです。でも、(自分のことを指して)こんなのが日本代表では、レベルが低いってことになってしまいますよね」

 答えには、確かな物の考え方、向上心、ユーモアがある。ひと通りの質問を終え、ふと頭をあげると、取り囲んでいる報道陣の多さに驚いた。しかしさらに驚いたのは、記者たちの表情の方である。
 いつもならシニカルな記者たちが楽しそうに笑い、18歳の青年に見惚れている、その表情に、である。
 18歳。Jリーグ入りしてわずか2試合にして、初めて日本代表に選ばれた小野について、ある記者は「これまでの大器、とは次元が違う」と興奮し、また、ある記者は「10年に1人の、ではなく、たった1人の天才」という。

 一体彼の何が、人をそれほど引き付けるのだろう。
 ひと目でわかるとすれば、巧みさと同時に、その「シンプルさ」である。サッカーに限ったことではないが、簡単なことは、難しい。小野のプレーは、トラップも、ドリブルもしない、いわゆるダイレクト・プレーがほとんどである。広い視野、左右の足、すべての位置でボールを蹴ることのできる技術、皮膚感覚、何より創造力。どれひとつ欠けても成立はしない。
 C大阪戦では、彼が試合中、体のどの箇所でボールを止めるかを見ていた。足といっても、足首、かかと、スネ、太もも、肩、胸、腰、首の付け根、背中もあった。
 こんな調子だから、見ている方は、プレーの予測ができず目が離せない。そのうち、大きな期待感に、ざわざわと胸騒ぎが起き始める。だから面白い。

「とにかくいつでもボールを持っているんです。小野とボール、これはセット、という感じでした。移動中に待っている時間でさえ、すぐにボールと遊ぶ。ブラジルの子供みたいでしょ。多分、ボールだけ渡しておけば、それがどんなオンボロのボールだって、それで幸せな奴なんじゃないでしょうか」
 小野はU−17世界大会(エクアドル)に出場している。当時、チームに帯同していた関係者は、そんな話を教えてくれた。
 小野は、恐らくサッカーが楽しくて楽しくて仕方ないのだろう。言葉ではなく、トラップで、笑顔で、体中を使って、その気持ちを表現している。記者たちは、それに見惚れているのかもしれない。

 さて、岡田武史監督、自分で選んでおきながら、心配しているらしい。メディアに騒がれ過ぎているのではないか、勘違いしなければいいが、と気にしているのだ。しかし、彼の言葉を聞くと、心配は無用のようだ。
「これからは、前を向いてプレーを、いつでも正確にすること。ボールをもらうための動き、これも課題ですね。(プロは)甘くはない、ということです。代表では恥、のないように、でも積極的にやります」

 試しに浦和の関係者に、何か小野の欠点を見つけてもらおうと質問した。
「トレーナーも、どうやったらこんなすばらしい筋肉がつくのかい、って、逆に小野に聞いていたし……。今は、アラ捜しをすることが唯一の仕事、そんな感じだね。重箱の隅をずいぶんと、つついてみるんだけど……ないよ、アラが」
 恐れ入りました。

●小野伸二/'79年9月27日生まれ。清水商
 中2でU−15日本代表入り。海外遠征ではオランダやイタリアのプロも獲得に興味を示した。

週刊文春・'98.4.9号より再録)

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