守護神・川口の“大胆”と“細心”


 見かけはスマートだが、芯はかなり強く、曲せがあるらしい。

 性格の話ではなく、青、白、赤と、フランスの国旗の色で染め抜かれた、フランス杯公式球「トリコロール」の特性である。
 史上初のカラーボールは、芯にあたる部分が、これまでの布ではなく、空気の気泡からなる。ガスを充満した構造のために、弾力性が増し、蹴りやすく、FKでも適度にカーブがかかる、と好評である。もっともこれは、フィールドプレーヤーにとっての話。逆に、それを受ける側にとっては、かなり厄介なんだろう。

「ホントそうなんです。練習で使った時よりも、かなりやりにくかったですね。もちろん、得点を多く、と僕らを苦しめる観点から開発されているボールですけれど、実際、ものすごく曲せがあって、かなり慎重に判断しないと、やられますねえ。まったく困ったボールです」
 代表GKの川口能活(22=横浜M)は、そう言って苦笑する。実は、ダイナスティ杯が、このボールの日本デビュー戦でもあった。
「飛び出しすぎて危険ではないのか」「慌てているから失点につながったのでは」と、質問した。しかし、川口は整然と分析をした。
 トリコロールには、弾道の頂点から、まるでフォークボールのようにカクンと落ちて失速する特性があるという。まして中国戦ではピッチに吹いていたとんでもない強風のため、クロスボールを待っていると、相手にとっての絶好のポジションで落下してしまう危険性がある。だから早めにたたいた。
 もうひとつ、横にかかる回転にこのボールは強く反応するという。そのため、ボールが手元でホップするように伸びる。中国選手のパワー、それに前半の向かい風で処理には神経を使った、というのだ。

「熱くなりすぎる、なんて言われますが、今季初のゲームでしたし、コンビネーション、悪天候、そして大会で初めて試されたボール、それらを努めて冷静に判断したつもりです。反省点は、もちろんあります」

 しかし観ていて、もう一点、昨年までのセービングと明らかに違う点に気が付いた。香港戦、中国戦とも、倒れ込んでのセーブがほとんどなかったということだ。
「基本をいかに忠実に繰り返すか、それを彼とのテーマにしている。真にいいGKは、難しいボールほど、いとも簡単に処理して見せるものだ。まあ、華やかに見えないし、はっきり言って地味なプレーなんで、一般受けは悪いんだけれどね」
 日頃、川口を指導する横浜MのサンゴイGKコーチ(ブラジル)はそう説明する。正確なポジショニングと、基本に忠実なキャッチングを徹底的に鍛えている。受けたこともないようなシュートに向かうW杯を前に、繰り返すのは基本だけなのだ、と。

「野球にたとえるならば、内野のゴロさばき、だと思うんです。難しいゴロほど、さり気なく捕球して、いとも簡単に一塁に送球する。そういうプレーに徹したい。倒れて、まるで反応が早いかに見えるプレーの代わりに、低い重心を維持し続けて、さばかなくてはならないんです」

 川口はGKというポジションにいつも「恐れ」を抱き、細心の注意をこだわりを持つ。新ボールは。水分を吸収しない代わり、表面がスリップする。控えだった韓国戦には、防水したポーチに、換えの手袋、吸水性の高いタオルを入れて出番に備えた。昨年は、国内で初めてグローブを製作することになったメーカーと共同開発に当たった。フィット感を求めて担当者と工場を歩き回り、最後に行き着いたのは、何と、女性がファンデーションを塗る際に使うパフと同じ素材だった。

「二人の自分がいて、一人は周囲の批評に、気になんてするな、冷静に行こう、と言うんです。でも、もう一人は、よし、そんならW杯見てろよ、と」

 川口は笑った。

 見かけはスマートだが。芯は……こちらは、ボールではなく、性格の話である。

週刊文春・'98.3.26号より再録)

BEFORE
HOME