国際柔道連盟理事・山下泰裕氏インタビュー
「発祥国の過信捨て、柔道の心世界に」


読者のみなさまへ

 9月にIJF(国際柔道連盟)の教育コーチング担当の理事に就任したばかりの山下泰裕氏のインタビュー(9月25日に取材)全文が、10月1日付けの東京中日スポーツに掲載されました。これまでは日本の強化担当者として現場にいた同氏は、今度は、世界的、国際的な視点から、柔道の発展に力をかけていくこといなります。就任して間もないのですが、理事としてのビジョンや姿勢、具体的なプラン、世界柔道で問題となった柔道衣や髪の色といった点についても「日本が特別といった意識は捨てるべき」と、新鮮で、より踏み込んだ内容となったと思います。
 金曜日のコラム、「セブンアイ」を連載していることでトーチューで紙面を頂くことになりました。予定ではありますが、中日スポーツ(2、3日付けで2回の予定)、西日本新聞(九州、10月2、3日での掲載予定)、中国新聞(2、3日付けの夕刊で掲載予定)と、全国でカバーされることになります。お時間あればどうぞ読んでみてください。

増島みどり   


日本の強化担当者から、世界の強化、普及を任務とする国際柔道連盟(IJF)教育コーチング理事に就任した山下泰裕氏(46歳、東海大学教授)は、早くも具体的目標の設定、それらの実現に向けアクションを起こし始めた。世界選手権金メダル6個の成果に湧く日本の、あえて問題点、国際的な課題や改善策について、同氏は「日本は特別という思いを捨てたい」と、率直に明かした。(2003年9月25日、東海大学にて)

◆勝ち負けにとらわれ本質見失った

──まず、日本で行われた世界選手権の成績についてどう評価されますか
山下 金メダル6個はアテネへの助走という点で高く評価できますね。これまでの私の立場なら任務は、ここまでで十分だったわけですが。

──国際的普及、技術向上の理事としては……
山下 ええ、今回からはガラリと立場が変わり、日本は金6個、では世界のメダル分布はどうなったのか、と切り替え、把握しなくてはなりません。今回はアフリカでは南ア、チュニジア、南米アルゼンチンとメダル獲得国が30か国に及んだ新時代を象徴する大会でもありました。加盟187か国でメダル獲得が30数か国に分布するのは、実は非常に実力が平等、拮抗した競技と言えますね。

──視点を転換していく中での仕事でしょうか
山下 そうです。日本の一強化担当者から、世界的強化を考えなくてはならない。例えばわかりやすい柔道といえば、これまでも専門家の間でわかりやすい柔道に取り組んではいたわけですが、今度からは一般的なわかりやすさを追求して行くため、視点を180度変えなくてはなりません。

──それが公約のひとつ、オリンピック競技としての発展ですね
山下 踏み込んで言えば、スポーツとして、という点です。道という言葉が付く競技でありながら、ほかのスポーツと比較しても、イッポンで相手を倒す明快さやダイナミックな面、競技時間が5分とスピーディーな点、小さい者が大きな者を倒す意外性、と、魅力はまだ引き出せると思います。

◆秋山柔道衣問題……今一度原点に返る

■関連記事:

2003年世界柔道選手権大会 第2日(Daily News:2003年9月12日)
 

──地元での金メダル6個は称賛に値するとして、一方で秋山成勲(81キロ級)の柔道衣問題の発生や、その後の現場、全柔連(全日本柔道連盟)、IJFの対応、情報公開などはわかり難く、むしろ柔道の魅力を損なう、象徴のように感じました
山下 厳しい指摘ですが、あの件に関しては、単に現場の斉藤(仁)ヘッドの責任や、秋山個人の問題で済む事ではなく、私を含め、日本の柔道に携わった者が重大なものを欠いて来た結果として、重く受け止めています。本家の看板の元、あまりに勝ち負けにとらわれ、メダルの数だけを勘定し、本質を見失っていた面も否めないからです。

──秋山の柔道衣は滑ったのですか
山下 相手が続けて激しい掴み合いをする状況で滑る、と判断するのと、置いた柔道衣を触るのは違った状況ですが、IJFとして「違和感」は認識し、対戦者3人からの抗議に対しIJFの技術理事(山下氏と、審判、スポーツの3理事)3人で、ルールに明文化されていないが予備柔道衣(青、白それぞれ1枚が予備)への交換を勧告しました。しかし2回戦以降も着用したので勧告をさらに強くする検討をした。「滑る」科学的根拠を徹底的に調査するため、道着はフランスでの鑑定に送りました。私の提案です。

──今どき、髪の色、形には驚きませんが、結果が伴わないとなると
山下 秋山の件では、滑る柔道衣の指摘を受け、その他の選手には髪の色の問題もあった。またそれ以上に、試合後礼節に欠けていたことにも問題があったと思う。今大会中、世界中で柔道の普及に努力された諸先輩から、日本選手団を手本にしなさい、とあれほど話したのに、手本どころかこれでは……とお叱りを受け、本当に申し訳なく思っています。2001年に掲げた「柔道ルネッサンス」の意味を全員が今一度真剣に考え、原点に返る新たな策(みだしなみの規定等)を今後、全柔連として取り組みます。理想や信念といった「背骨」の強化と、とらえています。

──それが、柔道の心を世界に、とした2つめの公約ですね
山下 重要なのは、柔道の心、と言った時、日本がそれを広める立場だけにいるとか、発祥国として特別だ、とする過信を完全に捨てることです。日本もそれを忘れかけているし、柔道の心を、日本にも新たに広め、浸透させるべきだとする世界観で、私はこの仕事に取り組みたいと思います。

──新鮮な感じがします
山下 ロシアのプーチン大統領が、柔道は哲学で、それを通して、相手の力を利用し、常に冷静に対応する、相手への尊敬の念を忘れない、といった思想と日本を学んだ、と話していたんですね。こうした意見は、公約の3つめと関連します。

──プーチン大統領の自宅には道場がありますね
山下 体操やサッカーをやるように柔道をスポーツとして選択し、そこから柔道の心、日本の心も広めるという点で、柔道は国際文化交流や財団の活動とも、同じ方向を目指すと考えられます。

──教育的価値ですか
山下 はい。これまでにはできなかった活動ですが、そのためにはまずは普及の現状を把握することですね。私が国際連盟の理事として動くことで、中近東やアジア、アフリカといった地域の日本企業や財団からのスポンサードシステムを作れればと、考えています。

──環境の格差はどのくらいあるのでしょう
山下 競技の環境整備が困難なのは、アフリカ、南アジア、オセアニア、ラテン地域ですね。日本のような畳はなく、今も藁を何重にも手で束ねたものを畳として稽古している国も多く、胴着が給料の2か月分にあたる国もある。畳を敷くための援助や、道着の再利用を、日本企業のサポートをいただいて行っていくことは、文化交流としても、ひとつのアイデアです。

──忙しくなりますね
山下 現役、指導を経てまた違った舞台で仕事をすることは喜びですし、生涯をかけて責任をまっとうしたい。私は柔道が本当に好きなんです。何度生まれ変わっても、柔道をやる。競技として、またそこから広がる哲学として、柔道は魅力に満ち溢れていますから。

(東京中日スポーツ・2003.10.1より再録)

 
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