超高速リンク 市民に開放

    カザフ、『旧ソ連型』からの再生を象徹


 右肩をたたかれ振り返ると、「サッカー小僧」たちが、恥ずかしそうに立っていた。
 サッカー五輪代表のアジア最終予選を取材に、W杯予選以来2年ぶりにカザフスタンに行った。古びた競技場も、スタンド北側の天山山脈の美しさも、2年前と変わらない。
「その、日本の雑誌を見せて、と言っています」
 通訳氏が教えてくれた。
 差し出した雑誌をのぞき込んでいる彼らから、「オー」という歓声が上がる。
「そうか、サッカー専門誌はないし、初めて写共真で見るスターに興奮しているな」と思って後ろを見ると、彼らが篤いていたのは、スター選手の姿ではない。
 上級紙に印刷された鮮やかなカラー写真に、替わりばんこにホホをつけ、「オー!」と歓声を上げる。随分面白い雑誌の観賞法だね、と通訳と笑い出した。
 カザフスタンは豊富な資源を元に、経済的躍進を遂げているという。アルマトイには2年前には見られなかった高級車があふれ、人々の装いも少し明るくなった。
 一方で、スポーツ界は難しい状況にある。旧ソ連時代の国家支援を失ったまま、スポーツ予算は十分ではなく、かつてのトップ選手たちも移住や、引退を余儀なくされていると、サッカー協会役員に聞いた。
 そこで「憧(あこが)れ」の競技場に行くことにした。
 スポーツ記者になって以来、私はいつか「メデオ」を見たかった。1970年代初め、カザフスタンのメデオに造られた超高速スケートリンクは世界的に知られ、科学トレーニングセンターも併設する、いわば、旧ソ連スポーツ界を象徴する競技場のひとつだった。
 駆け出しのころ、高地にあり、しかも氷質を徹底的に管理したリンクで、世界記録が更新されるたびに、見てみたい、と思っていた。
「リンクは11月から一般公開され、市民の憩いの場です。ただ、以前のような国際大会は、金銭面から減ってしまいました」
 中には入れなかったが、ガイドの説明通り、かつて世界中を驚かせた栄光は影を潜め、鉄筋は剥(む)き出しになり傷みも激しい。
 しかし一方、市民が利用する頻度が増えたことから、新たなクラブも生まれつつあるという。日本企業の援助で改装する計画も持ち上がっているそうである。   、
 今回、古い施設ではあっても街のいたる所で、子供たちがサッカー、バスケット、陸上を楽しんでいる姿を多く見かけた。あふれる高級車同様、これも、2年前には見られなかった光景である。
 一流選手にとっての環境は崩れたが、市民スポーツは逆に息を吹さ返し、子供たちは競技を楽しみ、世界を目指しつつある。
 朽ちたように見えた「メデオ」は、旧ソ連の栄光ではなく、カザフスタンのスポーツ界が再生する姿を象徴していたのかもしれない。
 17日、国立競技場でのタイ戦で、五万人もの観衆、色鮮やかな代表グッズや、雑誌よりもさらにいい紙を使ったプログラムを見た時、わずか1週間前にいたカザフスタンとはまるで別世界にいるのだと、不思議な感情がこみ上げてきた。
 あのサッカー小僧たちがこれを見たら、どんな反応をするのだろう。

(東京新聞・'99.10.19朝刊より再録)

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