豪雨に落雷……彼らの孤独

    言葉を超えた90分異国で戦う厳しさ


中田と名波の直接対決

「ジョカトーレっていうのは、何て凄(すご)い人たちでしょうねえ。私は本当に感心しましたよ。ねえ?」
「はい、まったくその通りですが……」
 ペルージャのホテルで1人住まいを続ける84歳のマリナ婆さんは、朝食のカプチーノをすすって前夜の試合の感想を求めてきた。
 雨で、靴をダメにしてしまった私はしょんぼりと答える。
 お洒落(しゃれ)なお婆さんとは、昨年、ペルージャを初めて訪れた際にホテルで会い、今年も再会できた。足は悪いが、口の方は相変わらず元気のようだ。
 23日、イタリア・セリエAで、中田英寿と、名波浩が所属するペルージャとベネチアが対戦した。
 試合は集中豪雨に落雷のため、ペルージャのホーム、レナトクーリ・スタジアム外側の駐車場では車数十台が水没。消防車も出動するパニックになった。
 しかし本当に驚かなくてはならないのは、お婆さんの指摘通り、そんな中でさえも、スタジアムの内側では2人の日本人を含むジョカトーレ(イタリア語で選手の意味)たちが、90分を戦い抜いたことである。
 実際、この1週間、私は「ジョカトーレ」たちの強さが何に支えられているのか、それをあらためて考え続けていた。
 イタリア出発前日には、瀬戸内海の島にいた。11月から半年間にわたって展開する熾烈(しれつ)な戦い、女子マラソンの五輪代表選考レースに出場するランナーを取材するためだった。
 早朝5時半にロビーに下りた時、外はまだ暗く、星が見えていた。ランナーが「おはようございます」と声を掛けてくれ、外に出た。
「朝練は、嫌ではないですか?」
 聞くと彼女は笑った。
「もちろん、嫌です。でも、選手であることを自分で選んだのですから、やるしかありませんね」
「日の出」を背景に1人で浜を走る姿を見ながら、これは彼女にとって、ごく当たり前の毎日なのだ、という事実に圧倒された。スポーツ選手を取材する職業に就いても、実際に彼らを目にし、多くの時間を共有するのは、試合当日である。
 彼らにとって試合は、365分の1日。1人ではなく、多くの人々に囲まれる日である。
 ランナーの取材を終えた夕方、島から帰京するため瀬戸内海を高速船で渡り、松山へ向かった。着いた浜では偶然にも、最近取材したばかりのボートの五輪選手に会うことができた。
「日の入り」はあっという間で、浜辺は互いの顔も見えないほど暗くなった。
「ここが先日の取材でお話しした艇庫です。寒くなると、たまらんですよ」。彼は暗がりで1人、つぶやいた。
 現場取材を重視し、書いてきたつもりだった。しかし、偶然にも遭遇した暗い朝と夜、ともに海辺で見た光景には、言葉では到底表現し切れない「孤独」というものが存在し背ていた。
 そして、土砂降りのペルージャで、異国で戦う2人の姿を見ながら、彼らの「孤独」を思った。
 その時、激しい雨が靴にではなく、胸に沁(し)みる気がした。

(東京新聞・'99.10.26朝刊より再録)

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