「あきらめる強さ」ズシリ

    世界陸上が終わって


去る者『すべてはシドニーでの栄光のために……』

 アンダルシア地方の名産・オリーブの精製工場から漂う酸っぱいような独特の香りに、いつの間にかなじんでしまった。
 焼けるような日差しとオリーブの香りに愛着がわき出したと思ったら、もう離れる日である。
 陸上の400mでマイケル・ジョンソン(米国)が43秒18の世界新記録をマークした時、恐らく、本人以外だれも破ることができない夢の43秒間を共有した観客は、その圧倒的な感動に歓声を忘れて一瞬、静まり返った。
「まるで、2人目の子供が誕生したような喜びだ」と、ジョンソンは200mと400mの世界記録を「子供」に例えていた。
 女子に出べてはるかに注目度の低かった男子マラソンでは、佐藤信之(旭化成)が銅メダルをもぎ取った。
「自分が子供のころからあこがれたマラソンが、弱い、弱いと皆に言われることが悲しく悔しかった」
 佐藤はそう話し、競技場の薄暗い取材スペースで、笑いながら涙をふいた。大本命の女子では21歳の市橋有里(住友VISA)は、強豪と堂々と渡り合い銀メダルを獲得してみせた。
 スポーツには多くの鉄則がある。100メートル2連覇のモーリス・グリーン(米国)に言わせれば、もっとも大切な鉄則は「大会にだれがいないか、ではなく、だれがいるかだけを考えること」である。
 しかし、「去る人」の存在感をこれほど強く感じた大会もなかった。
 女子での四冠を狙ったマリオン・ジョーンズ(米国)が200mで腰を痛めて担架で競技場を去った夜、あまり取り上げられなかったがもう一人、担架で運ばれた選手がいる。
「たった300mがあと何キロにも見えた」と、スペインのハビエルは、担架の上で答えた。
 2日間にわたって行われる十種競技の九種目を終わって六位入賞圏内。しかも自己新ペースである。しかし、彼のふくらはぎは九種目で悲鳴を上げていた。最終種目、1500mのラスト300mでケイレンが起き、ハピエルは転倒した。立とうとして、また転び、はいつくばって、棄権した。順位は最下位である。
「あきらめないことは無論重要だが、あきらめることも重要なのだ、と思いたい」──彼は言った。
 スポーツでは、あきらめないことが最高の美徳とされる。しかしレベルが上がれば上がるほど、あきらめる「強さ」が必要なのだ。
 200m決勝に進出した32歳のフランク・フレデリクス(ナミビア)にとって、棄権の意味は特別に違いない。数あメダルを手にしたが、唯一、五輪の金メダルだけがない。今大会、自分だけが判断できるモモの痛みに、「シドニー五輪を狙うには、今をあきらめる」と話して帰国した。
 女子マラソン当日の朝に欠場を決めた高橋尚子(積水化学)は、レース前夜、競技用パンツとゼッケンをまくら元に置いて寝たという。
 一番欲しい物を手にするために、すべてをあきらめる
 お涙ちょうだいのドラマなどではなく、これも、スポーツの一部なのだ。大会の終了は寂しいが、去った選手たちのシドニー五輪を楽しみにする。

(東京新聞・'99.8.31朝刊より再録)

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