言葉が引き出す選手の魅力

    ヒーローインタビュー


 駅では、幼稚園の送り迎えをするお母さんたちまで、高く積まれたスポーツ新聞の見出しを、体を斜めにしながら読んでいた。
「松坂君って、さわやかでいいわよねえ」「ほんと。昨日のヒーローインタビューも良かった。ウチの子もあんなふうに可愛(かわい)く、おまけに野球上手(うま)くなってくれないかしら」
 ごもっとも。
 松坂大輔(18=西武)がプロ初登板で初勝利を挙げたことは、スポーツニュースの中でも特別な光を放つものだった。日ごろ、野球になど全く興味のない者までも、しばしテレビに釘(くぎ)付けにしてしまう魅力の一要素が、彼の「ヒーローインタビュー」、つまり言葉の力にあるように思う。

「あうんの呼吸で」

 日本には、ヒーローインタビューというユニークな慣習がある。言ってみれば取材現場における最大公約数のようなものである。聞き手にも「こう言えばああ言う」といった前提があるので、質問はひどく省略されているケースが多く、答える方にも「ああ言われればこう言う」といった一種の回答マニュアルが備わっている。そして聞いている方にも「こんなふうに答えるんだろうな」という予想が存在する。三者の「あうんの呼吸」によって成立する、考えてみればかなり不思議な慣習になるわけだ。
 松坂は彼自身これまで一体何度受けてきたか分からないこのインタビューで常に三者のあうん呼吸を汲(く)み取っている。初勝利の日「アウトひとつひとつを大事に、楽しんで投げることができた。あの場面?(日ハム、フランクリンヘの内角球)ええ、そんなに怒るポールじゃないと思って、僕もムッとして」と、常に人々の期待を裏切らず、しかし自己を主張している。
 松坂のようなヒーローもいれば、一方では人々の期待をしょつちゅう裏切ってくれる選手もいる。
 サッカーの中田英寿(22=ペルージャ)が松坂と同じ18歳でJリーグにデビューした時、記者と選手との暗黙の了解、「あうんの呼吸」は乱れまくっていた。松坂初勝利の日、中田のデビュー時のメモを引っ張り出してみた。
「どうでしたか?」
 ひどく省略化された質問に、中田は言う。「どうって? 何がですか」。記者たちはつまずいた。
 そして「プロ初得点ですね」と聞くと、「得点より重要なのは、その前の前、ミスの場面です」と返す。
「エーッ、その前の前ってどこよ、どこ?」
 記者は再びつまずいた。松坂なら「あの場面」で分かってくれるというのに。
 あれから数年、中田と三者揃(そろ)った「あうんの呼吸」は乱れたままのようだ。それでも中田は、言葉の期待を裏切ることで別の期待に応(こた)えてきた。一方松坂は、言葉でも期待に応えながら、ヒーローの階段を駆け上がって行く。

にじむ泥、汗、血……

 選手の発する言葉が好きである。それは後世語り絶がれるような名言とは、かけ離れた存在である。しかし、彼らの言葉には泥が付き、汗がにじみ、血が流れている。それは観(み)る者にとって時には薬になり、時には甘美なデザートにさえなる。

(東京新聞・'99.4.13朝刊より再録)

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