12月13日


第13回アジア大会
陸上競技第2日目 男女5種目決勝
タイ・タマサート大メインスタジアム

 男子100メートル準決勝で、同種目、朝原宣治(26=東京ガス)とともに日本記録を持つ伊東浩司(富士通)が10秒00(追い風1.9メートル)とこれまでの日本記録をさらに0秒08も短縮する驚異的な日本記録をマークし、14日の決勝に進出した。伊東はこの日行われた一次予選でも追い風のなか10秒03の参考記録を出しており、絶好調。本人初の金メダルを狙う。
 また、ハンマー投げ決勝では、室伏広治(24=ミズノ)が3投目に78メートル57と今季5度目の自己記録更新となる日本記録をマークして、世界の強豪、ウズベキスタンのアブドラリエフを下し金メダルを獲得。世界のファイナリストにも残れる記録をマークし、しかも大会5連覇で「アジアの鉄人」の異名を取った父・重信(53)が初めてアジア大会の金メダルを手にしたのと同じタイで、奇しくもビッグイベント初メダルを首にかけた。
 さらに、男子1万メートルでは高尾憲司(23=旭化成)が28分45秒66、女子走り高跳びでは大田陽子(23=ミキハウス)が1m88の記録で、それぞれ金メダルを獲得した。

「こうじ同士、相性は抜群のようで」

 じつは、伊東浩司(こうじ)と室伏広治(こうじ)、ともに日本記録を同じ日に出したのはこれが2度目。今年10月の日本選手権最終日でも、室伏がハンマーの日本記録を更新したあと、伊東が100メートルで日本記録タイとなる10秒08をマーク。この日も1本目を追い風参考ながら10秒03で終えた伊東が、午前中の室伏の日本記録に触れ、「室伏効果でなんとかいい結果を狙いたい」と言っていた。気象条件などから必ずしも絶好とは言えないコンディションのなか、2度目のダブル日本記録をマークした2人の声から。

●室伏の金メダルインタビュー(抜粋)

「まさか記録が出るとは思っていなかった。本来ならばシーズンオフなので、あまり力まず、できることをやろうと思うようにしていた。記録にはある程度満足していますが、金メダルといってもアブドラリエフが必ずしも全力でやったとは思えないので、そう喜べもしない。彼は試合中からアドバイスをしてくれたし、終ってからもよくやったと言ってくれた。なんだか、(自分のような選手が)勝ってしまって申し訳ないという気持ちです。ウズベキスタンのタシケントで、彼のもとでのトレーニングを積んでいろいろなことを教えてもらいました。何かを強制するのではなくて、とにかくアドバイスもすべて自然体のなかでやってくれる。自分の回りには何かを押し付ける人がいないので、それがいいのかもしれません。
 記録では80メートルが見えた(あと1メートルほど)とは言ってもそんな簡単なものではありません。上って行きながら達成する80メートルはむずかしい。もちろん、これからはGP(陸上のグランプリシリーズ)にもチャレンジできるなら(招待が必要)やってみたいし、来年は世界選手権(セビリア)もある。そういう大会で記録を狙って勝負することが本来の意味だと思ってます。
 父(=重信氏、スタンドのケージ真後ろで観戦)は、おめでとうと言ってくれた。2投目が終ったところでスタンド近くに行って話をしたのは、ケージの後ろにカメラマンの方がいたので、父に「ハンマーは最初の構えで後ろを向く。だから、カメラがあんなにあると集中ができないから」とアドバイスを受けたんです。ですからカメラの方に下がっていただきました。
 (5連覇は狙えそうか? と聞かれて)想像もつきません。できることなら避けたいですね、辛そうですから。とにかく父とは技術を考えながら将来を目指して行こうと思います」

●伊東浩司のレース後の会見(ミックスゾーンにて、抜粋)

「ゴールしたとき、(速報計時が9秒99で止まっているのを見て)ラストを流さなければよかったなあ、と後悔しました。途中、体が浮くような気がしたので……風がいいことはあったけれど、まだ余力はありました。でも、タイムよりも狙っているのは金メダルです。アジア大会は4年に一度のビッグイベントで、次(4年後)はと言われれば年齢的にも疑問。だから、なんとしてもここで金を取りたい。今大会は200とリレーもあって日程が厳しいので、とにかく(力を)セーブ、セーブで行こうとだけ考えており、あしたも力まずに10秒15を狙うくらいで行こうと思っています。
 (本来は200の選手だったが)今年は日本選手権で日本記録を出して、もう少し世界の強豪と争ってみたいという欲も出た。だから12月の大会でも、冬季練習8割、試合2割くらいの気持ちでここに来た。来てからは、日本でやっているような練習にこだわる必要もないし、みんなが一生懸命練習しているのを横で見てたくらいです。体調とコンディショニングが良いことが記録につながっていると思う。決勝は金を狙って一生懸命走れば、おのずと結果もついてくるはずですから」

「共通事項は自然体」

「今のお気持ちは?」とか「1970年以来となったタイで、息子さんが金メダルと取られた感想は」とか、「息子さんにどんな言葉をかけましたか」とか、こういった質問には、室伏父は反応しない。9月の陸上大会でも、このHPには書いたが、2人の関係は「親子だから」という世間の期待するようなものではなく、とにかく徹底した「技術論」によって堅く結ばれている。
 試合後、父にインタビューをした。
「9月から広治に教えたのは、反動を使って物を遠くに飛ばすということ。体が決して大きくないアイツにとって、反動を利用してハンマーを飛ばすことは絶対不可欠な技術でもあり関門だった。その理論が間違ってないこと、それが広治にあっていることを78メートルという記録が証明してくれた。わたしが24歳(重信氏がタイで金メダルを獲得したのは25歳)のときよりも、2回りも3回りも大きな選手になった」。 広治は187センチ、90キロ、と世界のファイナリスト(決勝進出8人)のなかでも平均して10から15キロも体重が少ない。もちろん体重だけあれば、というものではないが、やはり大きなウエイトは占める。その中で世界を目指す室伏親子が描いたのは、反動を使ってものを飛ばす、シンプルでしかし非常に難しい技術の取得である。
 4回転で投げるハンマーで反動を使う、これを簡単に説明してもらった。
「つまり体の力を抜くことです。特に腕、そして手首、指。こういった部位ひとつひとつの力を抜かないと絶対に鉄球は飛ばない。こういった無駄な力を抜くと、体の大きな筋肉を使うことが自然にできるようになる。力を発揮するために力を入れない。簡単な理論です」
 簡単ではないが、これまで書いた原稿のなかにもヒントがたくさんあった。
 長野五輪で金メダルを獲得した清水宏保(NEC)は、「スタート直後からとにかく小指の力を抜くことだけを考えた」とレース後、教えてくれた。小指に力がかかると必ずコーナーで力み、転倒につながるという。
 ペルージャで活躍中の中田英寿にも同じような話を聞いている。彼はちょっと寒くなると手袋を着用する。「指先はものすごく敏感で、ちょっと寒くなると力む。(指が)力むと、パスのコントロールが乱れる」と、足だけを使うサッカーの身体的な面白さを教えてくれた。

 じつは、この日、日本記録を出した伊東も「テーマは自然体」だという。100の場合は、体重移動技術がすべてを支えるといっても過言ではない。伊東の体重移動の秘密は次の原稿で書くが、アップし過ぎない、力まない、すべて自然体、これが記録を生む。
 力を発揮するために、力を抜く。どの競技でも究極のレベルにある人々は同じ概念を追求している。「簡単なようで、生涯かけてもできるかどうかの技」と、重信氏はいう。
 広治は現在、中京大学大学院に在籍する。来年、修士課程を修了するため、この大会が終了したら、現在も研究している「ハンマー投げの技術理論」(課題)という論文完成を目指す。父の言う、力を抜くこと、これを少しでも文章で残したいからだそうだ。 

「伊東の記録の秘密は……」

 この日はまだ決勝を残しているために簡単なインタビューで終ったが、伊東の記録の陰にはほとんど例のないほど「変わった」シューズの存在がある。
 この日レースを終えたあと、彼が使用するシューズメーカー「アシックス」のスタッフも、その記録に驚きの表情を見せた。スタッフの方々の説明によれば、彼のシューズ「サイバーゼロ」は極めて不思議な作りだという。何が不思議か、これはピンの高さにある。
 スパイクの後ろにはピンがある。陸上ではルールで13本までピンを取り付けることが可能で、選手たちはそれぞれルール内で工夫をする。
 伊東は「母子球で走りたい、母子球の走りを実感したい」とメーカーのシューズ開発者に注文をつけた。母子球とは足指の付け根のあたり。100メートルでは地面を蹴る力を逃さないことが第一で、伊東はこれを自ら研究した結果、母子球のところに付けるピン3本の高さを5ミリに設定した。5ミリというと、トラック1万メートルの選手たちのシューズとほぼ同じ高さで、一般の短距離選手の使う9ミリと比べると4ミリも違う。
 そして、ほかの部分の高さは7ミリ。これも標準より低く、中長距離の高さとまったく同じである。
 つまり伊東の走りは、短距離ではあるが長距離とまったく同じ理論で体重を運んでいることになる。メーカーも「普通はトラックのサーフェス(トラック表面の質)にもよるが、長いピンで噛みやすくして、いわばキック力を強めることで前に進もうというのが100メートルの論理です。伊東君は、長距離のように体重をのせて体を運ぶ独特の理論とフォームでそれを実践している。それが、これだけ低い高さのピンで走る理由でしょう」と話す。
 アジア大会に入ってから面白いことがあったという。練習で伊東のスパイクのピンのひとつが取れた。メーカーには、まだすべての部品が到着していなかったため、翌日には入手できる、1回の練習のためなら手元にある8ミリピンであればすぐに左右の母子球の6つ分がある、と連絡した。1つが8ミリになるより、練習1回分なら全部を8ミリにした方がいいのでは、メーカーはそう配慮したわけだ。
 しかし伊東は「いえ7ミリで」と、練習1回を走るにもたった1ミリを譲らなかった。1ミリでも「ああそれで結構です」と言わなかった伊東の姿勢には、おそらく、新記録の更新、タイトル奪取、どれにも絶対的な自信があったに違いない。
 室伏親子らの力の話、伊東のミリにこだわる体重移動の話。日本記録2つを生む背景は、とてつもなく細かく、見る者にはとてつもなく面白い世界である。

●参考
室伏広治(ハンマー投げ)AERA('98.6.10号 )「この選手を見よ」より

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