12月12日


第13回アジア大会
女子25メートルスポーツピストル
タイ・フアマーク公園内射撃場

 メダルが期待されていた女子スポーツピストル(60発)団体戦には、シドニー五輪代表の座をすでに獲得した稲田、長谷川、斉藤の3選手が出場したが、合計1705点で5位入賞にとどまった。
 しかし、86年のソウル大会以来実に12年ぶりのアジア大会に復帰した長谷川智子(ミズノ)がただ1人、576点と5位で8人による個人戦のファイナルに進出。ファイナルでは7位(1人棄権)となったが、ソウル五輪銀メダリストの10年ぶりの復活は、シドニー五輪への可能性をも示すものだった。

女子スポーツピストル団体戦
中国
1742点
カザフスタン
1729点
モンゴル
1726点
韓国
1719点
日本
1705点
UAE
1695点
タイ
1664点
マカオ
1653点

 このHPをご覧になって来たみなさんにとってはこんな超マイナー種目でも、すっかりお馴染み、違和感なし(笑い)だと思います。以前アエラの連載でも、またメール送ってくださったみなさんにお送りしているコラムでも書いた長谷川がこの日60発のスポーツピストルに出場しました。
 長谷川は88年のソウル五輪では銀メダルを獲得しました。大阪府警に勤務する婦警でしたが、その後結婚で引退し退職。銃刀法のために10年間はまったく銃を手にすることなく、今年から本格的に国際舞台にも復帰してきました。12年前、ソウルで行われたアジア大会ではエアピストルで金メダルを取っています。12年ぶりのアジア大会、10年ぶりの国際大会にカムバックした長谷川の試合を書いておこうと思います。
 この原稿で射撃のファイナルの様子を知っても、「よくそんなマイナーな競技を知ってるね」と変人扱いされるか、シドニー五輪で思った競技の切符が入手できないときに、「じゃあ射撃でも見に行くか」といえるくらいだと思いますが…。

「肩書きはもうないけれど…」

 午後1時3分過ぎ、ファイナルの行われる射場に入って来た長谷川は射撃選手がみなそうであるように、利き手には何も持たず、左手にピストルをいれたケースを持っていた。 
 上下はジャージ姿。射撃はテレビ映りや人気を向上させるために、実は大変ショーアップされた競技だ。プレゼンテーターがマイクで、まるでボクシングチャンピオンの紹介のように「ナンバー1、アトランタW杯覇者、中国の…」というような選手紹介をして8人を迎える。ホールはまるで小さな映画館のようで、ちょっと傾斜のきついのイスの並び方を想像してもらうといい。観客が背後で見下ろす形になっており、その下に射場がある。芝の植えられた25メートルの射場の先に的があり、選手はテーブルとイスの置かれたボックスのような撃場で競技を行う。隣りとはついたてひとつである。
 ファイナルは、「5、4、3,2、1、スタート!」のかけ声とともに一発ずつ10発を撃つもので、一発ごとにコンピューター管理された的に、撃った弾と10.9点(ファイナルではこれが満点、通常は10点)などポイントが瞬時に出される。このため静寂な競技、という印象とは違って、かなりエキサイトすれば大歓声や拍手も沸く。
 5番目に紹介された長谷川だけ、名前の前に言われるタイトル紹介が一切なかった。ほかの選手は今年昨年の輝かしい戦歴が大拍手とともに叫ばれた。ファイナル進出選手で五輪の個人メダルを持っていたのは長谷川1人だったが、さすがに10年前のタイトルなど忘れられているし必要もない。
 名前の後に起きた困ったような沈黙が、10年もの長きに渡った彼女のブランクをもっともよく示していたのかもしれない。
 競技はスターターの声で一斉に撃つため、もちろん人と自分のタイミングは違う。すぐに撃つ人もいれば、みんなが終わって撃つ選手もいる。1発のタイミングは全員が違ったもので、これだけに一斉射撃するファイナルには番狂わせも多い。
 長谷川は独特のタイミングを持っており、以前、メンタルトレーニングで3分を体内時計で測ってみる、というトレーニングをしたところ、5分経ってようやく「3分」と言ったエピソードがある。早撃ちでも、時間はゆっくりと使えるメカニズムのようだ。
 1発目は10.7点と1発目の中では最高得点をあげ、会場は大きく沸いた。しかし、その後は射撃が安定せずに結局7位に終った。
 久々に会ったが、落ち着いていた。「ああ、見にいらしてくれたんですか? ボロボロのところ見られちゃいましたね」と苦笑した。問題はピストル自体の構造にあり、重心が前にあるためどうしてもバランスが取りにくく、そのためタイミングがずれる。もともと道具への執着はない選手で、今回の復帰も通常の手続きすべてを踏んだため、最高とは言えないピストルを手にすることになった。それでもよかった。
「あの銃であれだけ撃てるということがはっきりした。シドニーに向けてものすごい可能性を見せてくれた」とコーチの1人は言う。本人も体の変化とともに銃を替える必要性は承知しており、2月にはブルガリアで重心を多少後ろにずらした銃を新しく購入する。それがシドニーへのパートナーになる。
「収穫は……、そうですね、10年ぶりの国際総合大会で緊張はしました。でもああ、この緊張感こそ10年味わってなかったものだった、としみじみ思ったことです。以前はプレッシャーを無くそうとし、今はプレッシャーの存在を楽しくも思う。それを知るに10年かかったということでしょうね」
 試合後には危篤だった祖母の元に戻るため、選手団を離れ1人で帰国の途につく準備に走った。
 アジア大会金メダリストであることも、五輪銀メダリストであることも、知らされなかった。しかし、すべてのタイトルをかなぐり捨てて、12年ぶりのアジア大会でスタートラインに立った勇気に、アナウンスに負けない拍手と歓声を。

女子スポーツピストルファイナル成績
(団体とファイナル10発の合計)
金 CAI,Yeqing(中国)
銀 ボンダレンバ(カザフスタン)
銅 CAO,Ying(中国)
7位 長谷川智子
(576、決勝97.8、合計673.8)

●参考
■この人を見よ(AERA連載)より
長谷川智子(射撃)('98年7月27日号)


第13回アジア大会
男子サッカー 2次リーグ
  タイ対カタール
1−2
タイ・フアマーク競技場

 11月24日の親善試合で、前代未聞の乱闘を起して没収試合となったタイ対カタール、因縁の対戦が同じ競技場で行われ、1−2で敗れながらもタイがグループ2位抜けで決勝トーナメントに進出した。
 この試合に先だって行われたカザフスタン対レバノンで、カザフが0−3で敗れたために2位での勝ち残りをかけていたタイ、カタールともに1点差での勝敗を狙うというこみ入った展開に。試合終了直後には、勝ちを決めたカタールの選手たちがセンターサークルで輪になって躍る事態に、一時は7万以上の地元観衆が大ブーイングを浴びせ、一部ファンがグランドに乱入した。
 この日は午前中からチケットの入手をめぐって暴動が起きており、しかも乱闘の再現かと警官隊に緊張が走った。しかしその瞬間、得失点プライスマイナス0、カザフスタンにわずか得失点1差で勝ったことが場内アナウンスされると、今度はカタールめがけて走っていたファンがタイの選手に急に向きを変えて走り出した。
 これで二次リーグ全日程を終了し、ベスト8が出揃った。尚、11日にクエートに0−1で敗れた日本は12日夜のフライトで帰国した。

決勝トーナメント組み合わせは以下の通り。
 1.ウズベキスタンイラン
 2.中国トルクメニスタン
 3.韓国タイ
 4.カタールクエート

「何がなんだか分からない」

 タイのシーコ(タイでは濁音発音がないようだ)と呼ばれるエース、セナムンは、現在マレーシアのプロリーグに所属してプレーをしている。人気実力ともNO1の彼によれば「タイでは、サッカーをやっていて一体自分がどのポジションでどういう目的を持ってサッカーに取り組めばいいのか、何がなんだかよくわからなくなるんで外国に出た」という。
 タイでは物価上昇、タイバーツの暴落によって国内リーグは選手の年俸も払えないほどの危機にあるという。それ以上に、協会には強化システムが一切なくなぜかオーナーがし切る状態になっている。現在のオーナーは国会議員でエアコン会社の社長。年間の資金を出す代わりに、代表の選出にもちろん口を出す。どこかの新聞社の社長が代表チームを買収するような光景だ。
 驚くことに、このオーナーがベンチに座って監督とともにタイ語で指示を出す。トルシエの横に、どこかの社長、あるいは釜本参議院議員が並んで怒鳴っているような光景である。
 さて監督はといえば、アジア大会が始まる5日前に就任したイングランドからの助っ人、ウイッツ監督。アストンビラでのプレー経験があるそうだが、この就任の経緯がまたもやややこしい。
 川淵三郎チェマンが、FIFA(国際サッカー連盟)の選挙をタイの候補者と争い負けたことはまだ記憶に新しい。勝ったタイの理事はFIFA理事としてすべての決定に1票を有したわけで、2006年W杯への立候補をすでに決めているイングランドは、2000年投票の1票を確保するために、監督の無償提供という仰天アイディアを実行したそうだ。試合前には、野球帽に単パン、アップシューズと職業不肖の出で立ちで、スタンドに向かってタイ独特のお祈りをする挨拶をして回るパフォーマンスを見せた。トルシエ監督が野球帽、単パンで国立のスタンドに深い礼をして歩いているような光景だ。
 試合も何がなんだか分からなかった。
 つまり、レバノンとカザフの結果を知っていれば、後半2−1でリードされた後に交代2人ともに攻撃の選手をかけ、しかもリスクを追って同点にしようとする必要はない。おかげでカタールの追加点のチャンスは激増した。
 アジア大会の定義は難しい。勝っても負けてもよく分からないし、日本のサッカーのように21歳以下を送る国があれば、フル代表の国もある。しかし、この「何がなんだか分からない」状態が、アジア大会を定義するたったひとつの基準でもあるように思った。12年前、ソウルで取材したときには、そこが五輪開催地だったこともあり、すべてソウル五輪にひっかけたが。
「きょうはむしろ最高にフェアな試合をした。お互いがプロフェッショナルとして何をすればいいか分かっていたからだ」と、タイのウィット監督は言った。この日はイエローカードゼロ。これだけはよく分かった。

 新聞やテレビでは金メダルの数やシーンを扱っているが、これには違和感がある。アジア大会の楽しさは、金メダル会場だけでは味わえない、ような気がする。

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