2003年4月20日

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陸上

2003日本グランプリ第1戦
第51回兵庫リレーカーニバル
兼 第58回世界陸上競技選手権大会代表選手選考会

兼 第58回国民大会第2次兵庫県選手選考会
(兵庫・神戸ユニバー記念競技場)
気温:20度、湿度:96%

 今季の陸上シーズンの本格的な開幕となる兵庫リレーカーニバルが行われ、女子砲丸投げでは、森 千夏(スズキ)が、自身の持つ17m39の日本記録を更新する17m53の日本新記録をマークして優勝を果たし(世界陸上B標準記録突破)、今夏のパリ世界陸上初出場に大きく前進した。
 すでに5人がA標準記録となる31分45秒を突破している女子一万メートルでは、市川良子(テレビ朝日)が32分26秒60をマークして優勝を果たした。


「ラドクリフに勝てない理由」

 激しい雨で、トラックに多少の水がたまっていたものの、気温20度、湿度96%の天候によるコンディションそのものがレースに悪影響を及ぼしたのではなかったと思う。

 女子一万メートルの世界陸上標準記録は、今年のパリから、前回までの32分から一気に31分45秒にまで引き上げられている。層の厚さという集団的評価と、世界のトップランナーと1対1で勝負できるかどうかの個人評価ではまったく異なるものになるが、それでも日本女子は実に、昨年で9人、一昨年で10人を世界30傑(その年の上位ランキング)に並べている超強豪国である。そして、ロンドンマラソンでポーラ・ラドクリフ(英国)が2時間15分25秒の世界最高をマークした翌週、この事件がどういうインパクトを現場にもたらしているのかある意味で楽しみでもあった。
 日本の女子長距離ランナーが最終的に目指したいとする場所や、活路がマラソンにあるのだとするならば、世界陸上の年、アテネ五輪の前年、トラックシーズンの開幕にはそれなりの「意気」というものが感じられるはずだったから。しかし、現時点で日本を代表する女子ランナーが揃ったはずのレースは、最初の1キロで、すでにある種類の期待は消えてしまった。

 入りの1キロは3分20秒。とんでもなく遅いペースである。あまりにも遅いために、34歳、重厚なキャリアからみても、こんな役回りをするべきではない弘山晴美(資生堂)が、トップを引っ張るようなおかしなレース展開になってしまった。
 ラドクリフはロンドンマラソンで世界最高を樹立した際、5キロを16分、1キロをほぼ3分10秒のペースでカバーしていった計算になる。たとえマラソンに男子のペースメーカーがいてもいなくても、彼女は、「軸足」である出身の一万メートルでこんな走りはしない。エチオピア勢とのマッチレースでは、下手をすれば先頭集団が3分を切って突っ込んで行く。無謀でもそれが主流派、世界を制するトップランナーたちの勝負だから。
 42キロもの凸凹道を、スパイクピンのないマラソンシューズで走る、そういうレースよりも、なぜこの日の神戸は遅いのか。

 優勝した市川は、結局最後まで一度も先頭を引かずに、ラストでその抜群のスプリント力を活かす得意のレース展開で、32分26秒をマークして優勝。期待の小鳥田貴子(デオデオ)、世界陸上を経験している岡本治子、小崎まり(ともにノーリツ)、坂下奈穂美(三井住友海上)らが、今季最初のビッグレースに、コンディションを全開にはしていなかったことは想像できる。標準記録を突破しているアドバンテージを考えれば、選考会で手堅く優勝することのほうが、選考には直接的につながるだろう。また、女子マラソンが五輪正式種目になった84年から取材して来た経験からも、彼女たちの誰一人として、日頃の不摂生や、サボっている選手などいないこともそれなりに知ってはいる。
 しかし、互いの様子を見て、勝負に慎重過ぎる姿勢は、とてもビッグイベントが連続する年のスタートとは思えないない、モチベーションと魅力の薄い、ただのローカルレースを生んでしまった。
 優勝タイムももちろん、ラドクリフがロンドンマラソンでマークした10キロ通過記録よりも、遅いことになる。

 ストライド、強い上体、高い腰の位置、心肺機能といった身体能力で彼女に勝てるなどと思っていない。選手、関係者は「化け物みたいなランナー」で片付けてしまっているのかもしれない。しかし、肉体的なハンディがもしスポーツのすべてだとすれば、スポーツの存在価値などほとんどなくなってしまう。また「そうは言っても実際走れば難しいですよ」などというのなら、人々が投影する夢など一切なくなってしまう。
 ラドクリフのタイムとは無関係でも「ラドクリフ」へのチャレンジはできる。ラドクリフは実在の女性であって、自分の限界を示す架空のシンボルでもある。まともにやっても無理、しかし……といったどこかネジの抜け落ちた、破天荒でおおらかな気持ちくらい、30分のレースで見せてはもらえないものなのだろうか。様子を見て、勝負をかけて、当たり前に普通にレースを運ぶ。レースのどこにもラドクリフの影はなかったし、ないことが普通なのだと、だれもそれを追いかけようとはしなかった。
 私にとっての、このレースの後味の悪さは、彼女との実質的なタイム差にはなかった。

 どしゃ降りの神戸ユニバー競技場から引き上げながら、ここはかつて、男子マラソンの中山竹通(現在大阪産業大監督)が信じがたい、狂気の練習量と、闘争心で世界目指して駆け上がったダイエー時代の本拠地だったことを思い浮かべ、陸上の魅力とは何かをもう一度考えていた。



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