2003年4月29日

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柔道

全日本選手権
(千代田区・日本武道館)

 柔道の全日本選手権(無差別のみ)が行われ、3週間前の体重別選手権100キロ級で鈴木桂治(平成管財)に連勝を40で止められた井上康生(総合警備保障)が、史上4人目となる3連覇の偉業に挑んだ。
 井上は初戦、2回戦、と持ち味の攻撃的な柔道が出来ずに苦戦。しかしここで観戦に訪れていた父・明さんが控え室に入り、いきなりの平手打ちを見舞われたという。
 また恩師たちからの「お前の攻撃的な柔道とは何だ。口だけか」といった檄にようやく発奮。準々決勝以後、精彩を取り戻して、準決勝では、森大助(北海道警察機動隊)に内股を返される形で先に「技」を決められたものの、3分、背負い投げで一本を奪い決勝へ。この大会限りの引退をすでに公表していた篠原信一(天理大教)を優勢勝ちで破った鈴木桂治と、3週間前の体重別と同じく、決勝で顔を合わせることになった。
 序盤は慎重だった両者に指導が出されたが、3分、今度は得意の内股で一本を奪い、全日本史上4人目、超級以外の選手としては初となる3連覇を果たすことになった。すでに世界選手権代表(9月、大阪)には決定しており、世界選手権でも3連覇を狙う。

準決勝で敗れ引退を公表していたものの、見ごたえのある技の連続とここまでの功績に会場から大きな拍手を受けた篠原信一「(鈴木は)先日も天理大の練習に参加していたが、その時の印象では、まだまだ組めるかなと思っていたが、今日はよく研究をしていたし、1回でも、とチャンスを伺ったが、なかなか組ませてくれなかった。(引退を決意しているが)密かに優勝を狙っただけに、今は本当に悔しいし、悔いが残りまくりです。これ以上やっても、悔いが残るばっかりで、いっこうに解消されそうにもないですから(笑)。(今回の挑戦は)学生たちのためとか言われていますが、そんなかっこいいものだけではない。自分がまだまだやれるんじゃないか、といった勘違いから始まってここまで来たようなものです。ここまで8、9年、しんどがりの自分がよく頑張ったと思う。特に印象に残っているのは、負けた試合ですね。もう1回気合いを入れなおしてと思わないこともないが、もうダメでしょうね。今日の試合でそれがわかった。もっともっと練習で自分を追い込んで行けたなら、もう一人の自分が勝っていたんだったら、こういう(判定負け)にはなってなかったということだし、こうなったのは、ああいう練習では(最後まで追い込めない)当然のことだと思う。また、そういう自分なんで」
〇……この日は、武道館もほぼ満員となるほど、「勝っても負けてもこれが最後」と明言して畳に上がった篠原の最後の試合に、多くのファンが魅了された。フランスからはスポーツ紙のレキップが、フランスからの特派員を含めて4人もの記者を送り込んだ。篠原の試合が終わると、フランスのファンも立ち上がって、東京に赴任中の自動車メーカーに勤務するファンの一人は、「あのシドニー五輪の判定以来(決勝、対ドワイエ=仏)、フランスの柔道ファンも篠原には特別な気持ちを持っていたと思う。残念だが、偉大な柔道家であることは変らない」と、惜しみない拍手を送っていた。篠原は「自分が、悪者ではなくて拍手を送られるなんて試合では初めての経験でした。ご苦労さんというファンからの声が嬉しかった」と、悔しさと安堵感が交差するような様子で会見。ジョークを何回も口にするなど、笑顔を絶やさなかった。バスで駆けつけた教え子たちに向かって「あすからはキミたちが頑張るように」と呼びかけ、今後は指導者として畳にあがって行くという。


「来るな、来るなと思ったら……やっぱり来ました」

 いまどき、父親が息子に向かって、しかも別に悪さをしたわけでも、不誠実を働いたわけでもなく、ただ、とてつもないプレッシャーに押しつぶされそうになっているだけなのに、「ふがいない」とビンタを見舞うなど信じ難いが、井上父子にとってはこれも、勝負への執着心を呼び覚ますためのおまじないのようなものだったのだろうか。
「2回戦を終えたところで、父が控え室に入って来て、ああ(平手打ちが)来るな、来るなと思ったら来ました。久しぶりに父からビンタをもらって根性を入れなおして行きました。投げられてもいい、(技をかけにいって)返されてもいい。とにかく前に出て、攻撃的に行こうと思った」
 3週間前には、同じ鈴木に40で連勝を止められている。敗戦がもたらしたものとは一体何だったのか、実質の3連覇以上に、それが問われていた試合でもあった。攻撃的な柔道の真髄である。

 準決勝で、井上は森に対して内股をかけに行ったところでこれを返され、技を奪われ先制を許した。「優勝を重ねてからは、自分の悪いところが出たと思う。負けたらどうしよう、返されたらどうしよう、そういう気持ちになる」と、優勝会見でも告白をしていたが、グランドスラムと呼ばれる柔道のビッグイベント、五輪、世界選手権、全日本を、しかもこの階級で保持するとなれば、「守り」は仕方がない面もある。しかし、この日、井上は、返されてもいいから、と大技をかけに行った。
 準決勝では言葉通り、背負い投げで一本勝ち。決勝では鈴木と指導を受けながら、内股で一本勝ちを奪って3連覇をものにした。
 返されてもいい、とは、しかし無計画な攻撃性でもないし、単純な開き直りとも違う。井上の場合は、豪快さを支える、柔道家たちが揃って舌を巻くような器用さと細心を兼ね備えているからである。
 例えば、準決勝の背負い投げと決勝の内股。共に、井上らしい豪快さを現しているが、両者の「手」の使い方はまるで正反対だと、五輪メダリストに教えられた。脚を撥ねる動作(内股)では、手は上下にぐっと引き上げるような掴み方で相手の体重をコントロールする。背負いでは、これとは全く正反対に、手を内側に巻き込まなくてはならない。普通は、全く違った手の動きを、習得するのは困難で、撥ねるか、背負うのどちらかだけを得意とするのだという。準決勝、決勝は、こうした井上の技の総合力が、もっとも力強く示された場面だった。
 思い切り、自分らしさを格闘技で表現しようとした場合、こうした、指1本の使い方さえ間違えることのない繊細さを求められる。
 会見の最後に井上が、少し声のトーンを落として話したことは、その象徴だった。
「こうして勝負をしている自分がこんなことを言うのはどうかと思うんですが、これからも勝負にこだわらず、負けることを怖がらず、思い切り自分をぶつけて行きたい」
 勝負にこだわらないから、勝てないというわけではない。勝負にこだわったからといって勝てるわけではない。井上はだからこそ、柔道にこだわっているのだと、対照的な2本の技が物語っていたのかもしれない。



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