11月9日

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サッカー

J1 2nd第12節
ジェフユナイテッド市原×浦和レッドダイヤモンズ
(東京・国立霞ヶ丘競技場)
天候:曇り、気温:11度、湿度:20%
19時04分キックオフ、観衆:23,387人

市原 浦和
1 前半 1 前半 0 0
後半 0 後半 0
2分:羽生直剛

 10年目にして初のタイトル獲得のチャンスとなったナビスコ杯で鹿島に敗れた浦和は、この試合からリーグ戦ラスト4試合を「4ファイナル」(オフト監督)として、全戦必勝の態勢で臨んだ。
 前半立ち上がりの2分、市原の阿部勇樹のフリーキックから大柴克友のヘディング、最後は羽生直剛に強烈なミドルシュートを放たれて、浦和は早くも先制点を奪われてしまう。時間はあるものの、この1点で市原は守備を厚くし、エメルソン、トゥット、永井雄一郎の浦和3トップはスペースのないエリアでボールを動かすことができずに苦戦を強いられる。個人技でフィニッシュまで持ち込むことができない苛立ちから、3選手の絡んだ攻撃もなく、後半20分過ぎからは永井がベンチに向かって不満を表し、直後に田中達也と交代。浦和は田中を投入したものの、やはりトップにスペースがなく、GK山岸範宏のファインセーブなどで、立ち上がりの2分だけの失点で0−1のまま敗れてしまった。
 ナビスコ杯を挟み最近の3試合に連続して0−1で敗れた浦和は、5位転落。11日の磐田の勝敗にもよるものの、これで優勝戦線からは事実上離脱する手痛い敗戦となってしまった。

試合データ
市原   浦和
10 シュート 12
5 CK 5
17 FK 24
0 PK 0
浦和/オフト監督「これで優勝争いからはほぼ外れたことになる。パスも、お互いの距離でも、ハーモニーが感じられなかった。脱力感の中でサッカーをしていたようなものだ。今日は特別なことをやるつもりはなかったが、1トップだろうが2トップ、3トップだろうが、やるべきことができなければならないし、それができないのは個人の力がそこまでということなのかと思う。まだ、こうして今年を振り返るのは早いし、(残留という)最低限の目標はクリアしている。リーグ優勝はあと1シーズンはかかることで、時期尚早だったのかとも思っている」


「“コクリツ”に来た理由」

 信じられないことに、一日に3か所で取材することがよくある。3か所は同じ競技の場合もあれば、まったく違うこともあるし、3人の五輪メダリストに会う日もあれば、リハビリ中の選手に連続して会うこともある。こういう取材の仕方を続けていると、肉体的なきつさ以上に不思議な感覚にとらわれることがある。スポーツの持っている、さまざまな側面について、である。
 この日は朝からマラソンランナーを取材し、その後、監督の話を聞いた。そして3つ目の取材には、東京ドームでこの日始まった日米野球と、Jリーグで優勝に最後の望みをつなぐ浦和と市原の試合、どちらかを選択することができた。
 松井秀喜最後の巨人のユニホーム姿には何の郷愁も抱かないが、暖房の効いたドームには惹かれた。一方、ナビスコ杯で10年目の悲願を目前で逃がしてしまった浦和の悔しさと、この試合で見せてくれるはずであった「意地」には強く惹かれたが、7時キックオフの寒さはひどくこたえる。
 結局、暖かい場所でぬくぬくとボンズやジアンビのホームランを見るよりも、帽子と手袋とマフラーを引っ張り出して、“コクリツ”に行くことにした。心のどこかで、「親善試合ではないものを」とぼんやり考えていたように思う。

 後半20分過ぎ、浦和の前線で3トップが再三ボールを奪われ、空回りが分解寸前となった。永井はベンチのオフト監督に向かって、何かを叫び、手をあ挙げ、通訳を呼ぶ。
 永井は明らかに怒っていた。怒りの矛先はおそらく、まったく機能しない3トップの存在であり、パスをしようとしない味方のトゥット、エメルソンであり、自分自身に対してであったと思う。永井はチームプレーの掟を破って、味方のプレーに背中を向けた。ピッチでは福田がそれを怒鳴る。オフトは、この直後、それは普段と同じように田中ではあったが、意図は違うものとして交代を命じる。永井はそのままベンチに一切目を向けずにロッカーに入ってしまった。数分後、ベンチにはウォーマーを来て戻ったが、クーラーボックスを右足で蹴飛ばし、ベンチには浅く、体をひねったまま座り続けた。
 永井が交代をしても、攻撃は好転しなかった。0は無得点を示し、同時にノンタイトルを現す数字となってしまった。

「何も話すことはありません」
 永井は一切口を開かずにバスに乗り込んで、ヘッドホンをつけた。ガラスをたたいてコメントを促したが首を振る。
「こういう負け方は、なんだか引きずってしまう。完全に崩せなかったわけではないし、完全に崩されたわけでもない。ナビスコ杯から気持ちを切り替えていかないと、と皆思っていたはずですから、あの負けは関係なかったと思います。正当に戦い過ぎている、ということなのかもしれないですね」
 キャプテンの井原が冷静に、口調を抑えて話せば話すほど、その悔しさが逆に伝わってくる。彼らにはたっぷりとした時間などない。敗戦の瞬間、井原、福田には、永井が無言で去った以上の悔恨や重み、やりきれない気持ちがのしかかったはずである。
 ナビスコ杯では拍手を送った浦和のサポーターは、一斉に、それは唯一の抗議の手段として当然のブーイングで選手を迎えた。オフト監督は何かをつぶやいて天を仰いでいたという。
 サポーターの怒りの矛先は、選手たちだろうか、監督だろうか、10年を使ってしまったチームにだろうか、それとも、浦和を選んだ自分なのだろうか。

 メジャーのホームランを見逃したことを、試合直前、ドームにいた記者からの電話で知った。「残念でしたね」、そう言われた。しかし、負け惜しみではなくて、残念ではなかった、と思った。
 気温10度の国立競技場には「怒り」があった。そして、スポーツには良いものだけではなくて、喜びや悲しみ、楽しみや苦悩、爽快感や悔恨、さまざまな感情が潜んでいることを、改めて深く思い出した。
 永井のサッカーへの姿勢は決して褒めないが、無防備なほど率直だった。あとは彼の問題だろう。今年もまたタイトルを取れなかった、いや、「今年」ではなく、今後のキャリアでもチャンスが回ってくるのかはわからないも井原、引退を明らかにしており、これでプロ生涯ひとつのチームタイトルもなく終わる福田のコメントには静かな、しかし深い失望感が漂っていた。サポーターにも、チームを深く愛しているからこその怒りがあった。
 スポーツにおける「怒り」を、この晩、なぜかひどく重く感じた。

「残念でしたね、ホームラン見られなくて」
 記者仲間にそういわれて、つぶやいた。
「いや、そうでもなかったかもよ」
 暖房はなくて、手はかじかんだが、勝負の分かれ目というものを見ていた90分だったのだから。



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