10月9日

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総合

第14回アジア競技大会(2002/釜山)
第11日
(韓国・釜山)
気温14度、湿度55%

 金メダルを狙う二百mの末續慎吾(東海大)が予選、準決勝に出場、予選は20秒79(風:+0.3m/s)、準決勝は20秒45(風:+1.4m/s)と順調に通過、10日の決勝に向けて調子を上げて行った。
 男子百十m障害では、谷川 聡(ミズノ)が13秒83で銀メダルを獲得、三千m障害の岩水嘉孝(トヨタ自動車、8分31秒75)、女子棒高跳びの小野真澄(ミキハウス)も、4メートル10でともに銀メダルを獲得した。

末續慎吾の話「朝っぱら(午前10時)からなんで……、まだ体も起きていない感じでしたが、調子は悪くありません。今回は、とにかく金メダルが欲しくてここに来たんで勝ちたいと思う。(準決勝後)予選と違い、9割くらいの力で、とりあえず20秒4台で行こうと考えていました。記録ではなく勝ちたい。だんだん地に脚がついて来た幹事がします。2レースは決勝までの刺激ということで予定通り、順調に進めたと思います」

谷川聡の話「2年間全然走ることができなくて、これが最後のアジア大会だと思う。前回5位、今日は自分の中でひとつずつ確認をして走ることにしていた」

★Special Column 〜from 釜山★

「16年前……」

 陸上の取材はかなりハードなものです。スタジアムのスタンド席からミックスゾーンまでの何階かを行ったり来たりしますし、陸上はメイン会場ですから作りは大きく、導線がかなり入り組んでいます。カメラマンなどは機材を抱えてこれをするわけですから大変でしょう。私が抱えているのは脂肪くらいなものですから、シェイプアップには好都合だとせっせと階段を上り下りするわけですが、階段の途中で懐かしい人に会いました。
「あれー!!」「久しぶり!、元気だった?」
 彼は、AFP通信のフィリピン人のカメラマンです。私たちはソウルのアジア大会で会い、以来、ビッグイベントになると必ず顔を合わせては、楽しい雑談をしてきました。

 今回の再会には特別な思いもありました。彼はビッグイベントや紛争地も取材するキャリア豊富なカメラマンで、昨年はアフガニスタンの取材のために、トラボラなど非常に危険な地域に3週間滞在したそうです。昨年末でしたが、彼が撮影した写真は、「TIME」や多くの新聞のフロント、カバーを飾る素晴らしいものでした。特に山岳地帯の夕陽をバックに立っているアフガン人の写真は「TIME」のカバーにもなりましたが、銃弾も、砲撃も、戦車も映っていない、しかし、どうにも心を揺さぶられる「戦争の」写真でした。
「本当に厳しい仕事だったけれどね」
「あの写真は本当に感動したから、自宅の冷蔵庫にマグネットで張ってあるの。素晴らしかった」
「冷蔵庫? よかった、トイレじゃなくて。でも、覚えている? 初めて会った大会」
 彼は言いました。
 1986年、ソウルアジア大会です。まだ新聞社に入社して2年でした。初めての長い海外出張は、アジアというものを生まれて初めて考える機会でした。参加国がわからない、同じ大陸なのに知らないことばかり、欧米ばかりを見つめてきた生活にあって、これらは新鮮な驚きと多くの反省をもたらしてくれました。
 今回は同じ韓国ですし、しかももう16年も現場の友人でいる彼と会い、16年前、まだ何もわからず(今も変ってませんが)、走り回っていただけの日々を懐かしく思い出しました。

 プレスセンターはとても狭く、各国の記者たちが席を争奪しています。私の席に貼ってあったはずの名札が、取材から戻るとなぜかちぎられて、違う会社名になっていて、しかも置いてあったおやつの袋まで開けて食べている記者がいるのです。
「ひどーい、私のおやつを」と日本語で抗議すると、謝るどころか「レンタルフィーだ(席貸し料とでも?)」と英語で言われ、しかも彼は食べるのを止めません。移動のためのプレスバスでも、停留所で順番を数えながら、これなら最後に乗れると人数を数えていたら、ドーっと割り込んできた中国の記者たちに吹っ飛ばされて「アレー!!」とバスに乗れなかったり……。アウェーといえば、最も厳しいアウェーこそ、ここアジアを指すのかもしれません。

 サッカーを取材した記者がこんな話を教えてくれました。
 イランのサッカーを取材する報道陣と同じバスに乗り合わせたとき、バーレーンとの試合開始時間に到着するバスに彼ら、記者が乗っていることに驚いていたそうです。しかしさらに、鞄からナンを取り出し、ツナの缶詰めを開けてみなでバスの中で食べ出したというのです。日本のサッカーを取材する記者が、試合が開始時間に到着するバスに乗って、みんなでおにぎりに海苔を巻いて食べないでしょうね。
 これらのことから「たぶん、日本人記者は生き残れないだろう」というのが、私達の結論です。
 年間十数回の出張をする私でも、アジア大会では特別な経験を毎日しては、苦笑しています。軸足で起きているアウェー現象に悪戦苦闘することは、しかしどこまでも新鮮ですね。欧米で積んだ経験で、アウェーだなんて言ってられませんし、もちろん、これはサッカーをはじめとした競技全般で、選手が経験しているのでしょう。
 ここ韓国に16年ぶりに「アジア大会で」戻って来られたことを深く噛み締めています。大好きなおやつは全て食べられてしまったことは悔しいのですが。


「選手を“脱がす”愉しみ」

 などと書くと、何のことかとみなさん首をかしげると思います。
 角川書店発行の「SPORTS Yeah!」は今年9月に創刊2年を迎えた若い雑誌で、私は光栄にも、この創刊から選手の道具に対するこだわりについて書く「ツール・スピリット」という連載を持たせてもらいました。道具と一言で表現しても、本当にさまざまで、思い入れも、限られた原稿の中で書ききれるものではありません。スポーツをどう見るかはその人の好みです。私は、道具と、それを選び使いこなす彼らに、スポーツの新たな側面を教えられました。知らないことばかりでしたから。スポーツへの愛情とは何なのか、これもまた教えてもらいました。想像できないほどの深さでしたから。

 2週間に一回といってもすべて出掛けて行っての取材と特撮が必要なものですから、私だけではなく、カメラマンの方にも本当にご迷惑をおかけいたしましたし、大きな助けをいただきました。物撮りの難しい注文をすばらしい写真に仕上げてくださったカメラマンのみなさん、最も多くお付き合いいただいた富田さん、編集担当の亀井さん、掘さん、選手、関係者のみなさん、遅ればせながら、皆勤賞でしたね、本当にありがとうございました。ここで改めて御礼申し上げます。

 と、連載皆勤賞終了を祝っている暇も全くなく、次の連載が今週号から始まります。これもまた前企画を上回る、とんでもなく難しい、しかも面白い企画になりそうです。
 選手に一肌脱いでいただくのです。
 道具と同じように興味深く、いつか必ずトライしてみたいとずっと願っていた選手の「肉体」についてのものです。
「スポーツを通して人間ドラマや人物像を深く描きたい」というドラマチックストーリーが隆盛です。一方では「道具」と同じように、選手にとって最も重要な根幹を成す部分でありながら、どうも扱われることの少ない「肉体」について、言ってみれば彼ら絶対無二の「商売道具」について、どんなこだわりや意図を持って鍛え、削ぎ落とし、シェイプしているのかをぜひ知りたいと思ってきました。弱点が長所に変った箇所もあるかもしれません。

 トレーニングは、じつは選手生活のほとんどすべてでありながら、表には出ません。試合や結果がどうしても重要なテーマになるからです。今回は、彼ら、彼女たちの肉体の一部をフォーカスして、部分は彼らに選んでもらうことにしていますが、写真を取るために脱いでもらい、記事を書きます。
 ご一緒してくださる窪田カメラマンは先日こんな話をしてくださいました。
「肉体っていうのは、知性を映し出すんですよ。さらに選手が鍛えて、そこに責任を持って常に対話している、部分部分はもっと雄弁なんです……だって誰も普段は見えないわけだから、小手先の装飾ってきかないものですからね。僕自身、本当に楽しみで楽しみで仕方ないんですよ」
 なるほど、肉体の部分に知性が宿る、のですね。

 第一回は、日本人的ハンディとハードル両方を「ぶっ飛ばして」行くかのような勢いと、清々しさに満ちた為末 大選手(大阪ガス)です。8日、レベルの高いハードラーがそろう釜山アジア大会でもきっちりと銅メダルを獲得し、底力を見せたように思います。彼の腹筋をぜひとも写真で見てください。モノクロの写真は、編集者の亀井さんと窪田さんのプランで、素晴らしいと思いました。色のないものは迫力があるのですね。

 当初は、選手がどう感心を寄せてくれ、脱いでくれるのかを心配したのですが、みなさんこちらの不安とは裏腹にじつに協力的なようです。見てもらいたい、専門的だが知ってほしい、そういう彼らの義務感やスポーツに対して持っている使命感がそうさせるのかもしれません。
 私も長く付き合ってきたトップアスリートたちに、「ここぞ」とばかり、無理難題を頼もうと、腕をまくるつもりでいます。
「エッ、ここぞじゃなくて、いつもじゃないですかあ」と、選手たちから厳しい突込みが入りそうですね。

 今夏、NFLの49ERSのキャンプに参加した河口正史選手のインタビューでは、同席してくださったマネジャーの中山さんも「このまま、この話をずっと聞いていたいくらいおもしろいですよ」と話すほど、本当に深く、重く、そして共感という平易なレベルにしても人を引き付ける話でした。
 話の読解は困難を極めます。何より彼ら自身さえも、手探りで、わからないからおもしろいのです。今日より明日、明日より明後日を求めていく、停滞とは正反対の思考回路だからこそ、肉体の知性が生まれるのです。同時に、常に自分を変えたいと思う貪欲さが人一倍あるからこそ、彼らはアスリートと呼ばれ、その意欲こそが筋肉の、もっとも重要な構成物質なのかもしれません。ですから難しい話をわかった風に書いたところで意味がありません。一緒に「うーん、さっぱりわからん!」と首をひねることもまた、愉しみに加えたいと思っています。

「篠山紀信、松井を脱がす」と先日、東スポに載っていました。3冠達成に松井選手のヌードを、というものでした。この話に、窪田さん、亀井君と俄然、燃えてきたところであります(笑)。
 どうか、よろしくお願いいたします。

釜山アジア大会にて、       
    増島みどり         



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