8月27日

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☆★☆ Special Column 〜 from England ☆★☆
「無視、または、神経衰弱」

 よく晴れた24日の土曜日、イングランド北部、ロンドンから飛行機で45分ほどのティーサイド空港から近い、ミドルスブラへ、フルハムのアウェー戦(結果は2−2)取材に行きました。「サッカーは何が起きるか分らない」という悲劇的でも喜劇的でもある、非常に貴重なサンプルのような試合を見に。
 正確に言えばロスタイムまでミドルスブラが勝っていた試合が、なぜか最後の1分でフルハムが同点に追いついたゲームです。日本でもすでに詳細が出ていますね。どう見ても、試合の流れは相手にあり、ミドルスブラのサポーターは加入したばかりのマッシモ・マカローネ(イタリア)の2ゴールに歓喜をあげ、フルハムのサポーターは折角アウェーに来たのに、財布と心がちょっぴり痛いぜ、と、まさに帰るところでした。もちろん交代したマカローネ自身、きっと、鼻歌混じりにシャワーを浴びていたでしょうね。「やっぱりオレが決めないとね」とばかりに。
 長くスポーツライターをやってきたので、日々「まさか」の連続で、ほかの方たちに比べると「何が起きるか分らない確率」(保険ではこういう計算は絶対にしませんが)が異常なほど高いのです(笑)。ですから試合の結論に対しては極めて用心深く、と言いますか、疑い深い人間になります。2得点した彼がかなりの時間を残して交代した時点で、「うーん、詰めが……」とかつて守備固めで失敗した多くの「まさか」を思い出したりするのです。もちろん、プレーする人たちのレベルとは別次元の、実に気楽なもんですが。
 目の前にズラリ並んでいたミドルスブラ番記者など、もう動揺しきって気の毒なほどでした。何しろ、「今日は試合も原稿も楽勝だもんね」とばかり試合中余裕たっぷりでしたから。同点にされた瞬間、後ろの私たち日本人記者を振り返って「誰? 誰? 得点は、右足? 左? ワーッ!!」とパニックでした。世界中、記者の生態は同じですね。同情して教えてあげました。

 セリエA開幕は残念ながら2週間遅れ、プレミアは17日に開幕し、一喜一憂する週末がまた始まりました。欧州のサッカーシーズンがスタートすると、まるでヨーロッパ中が新たな息を吹き返したような活気に満ち溢れるようです。
 この出張中、日本人初のプレミアリーグ出場試合を取材できたことは幸運でした。稲本は、昨年から耐えた2年分を神様が見ていたのか、彼が入るとなぜか負けない、そういう幸運をチームに呼び込んでいて、溌剌とプレーしていました。個人的には、同じように昨年ボルトンでチャンスを待ち続けた西澤明訓(C大阪)のことも忘れたくはありません。また、チャールトンに急遽移籍が決まった(サインは今週の予定)三都主も、到着翌日にいきなり練習に参加し、トップのビブスをつけてプレーするなど、出だしから急発進しています。
 彼らは、試合中の1本のパス、1つのスライディング、1本のシュート、ファール、すべてに拍手とブーイングが沸く、そういう場所でプレーをし、これからリーグ終了まで、ファンとメディアの厳しい目とフロントの評価の中で過ごさなくてはなりません。セリエの激しい毀誉褒貶とも少し違います。もちろん、Jリーグを含め、世界中のリーグにはそれぞれの特徴があります。
 今回、欧州を何か国か回る取材をする中で、中田英寿が移籍して4年、彼がお客さんだった日本人プレーヤーの存在を「主(あるじ)」に変えつつ、日本選手のサッカーがゆっくりでも大きく変化しているのだと実感しました。セリエでも、プレミアでも、オランダでも、ベルギーでも、ポルトガルでも、つまり、日々に溶け込むということではないかと思います。実現するのは簡単なことでありません。こちらのテレビでサッカー特集を観ていたら、中田のインタビューが流れていたのですが、イタリア語で話す彼の言葉に英語のテロップが流れているわけですから、溶け込み過ぎてこちらはほとんどお手上げですね。

 ミドルスブラのリバーサイドスタジアムから引き上げるとき、一緒に関係者出口まで歩いていた、クラブの古いサポーターでしょうか。70歳くらいの老人が、「全く、なんだよ、この不様な試合」と怒りが収まらないといった様子の若者に穏やかに声をかけていました。
「いいかい、サッカーと付き合う方法は2つしかない」
 老人は笑い、私も笑いました。
「サッカーなんてものはこの世にないんだと一切無視するか、もしくは、とことん付き合って神経衰弱するかだ」
 欧州でプレーする選手たちにとって実りあるシーズンになりますように。

 ドイツ、マイン空港にて、皆さんの健康をお祈りして。 増島みどり



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