2月24日
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◆◇◆ Special Column 〜SALTLAKE 2002〜 ◆◇◆
数字の独り言(10)
「苦しみと喜びと鼻水の428秒」
24日早朝、スキーの距離クラシカル50キロの今井博幸(NTT長野)が、入賞への見事なスキーをしていたとき、アルペンのかつてのスーパースターがこんなジョークを言っていたことを思い出した。
「滑降とスーパー大回転は危ない。これは母の教えだ。ジャンプは考えたことがない。クロカンは嫌だね、あんな鼻水をススってやらないといけないんだから」
回転のスーパースター、トンバ(イタリア)の話だった。回転の魅力を聞かれたとき、彼は、ほかの「スキー種目」からの消去法なのだ、とジョークを飛ばし、会場の笑いを誘っていた。テレビ画面の中でさえ、今井が鼻水をたらし、それが気の毒にも固まっていることが見て取れる。
まったくカッコ悪い。スノーボードのような種目が五輪に加わった今、距離50キロにはどこか時間が停止したかのような重厚さがある。しかし、ただただ、スキーを前後に、動かす姿には、とてつもない説得力がある。マラソンとほぼ同じ2時間10分ほどを、ひたすら走り続ける。マラソンのような大集団での駆け引きがない、個別スタートと呼ばれる30秒ごとのスタートのために、自分が何位で、どこが首位か、こうした「全体像」がわからない分、孤独ではないかと思う。
しかし、今井は孤独にも、長野での自分にも勝って、日本人としてこの種目で初めて7位に入賞する快挙を達成した。
今井は今回、原田、葛西(ともにジャンプ)、木村(アルペン回転)、荻原(複合)と並んで五輪連続出場4回目の選手である。地元・長野五輪のリレーでは7位と入賞したが、個人50キロは2時間16分49秒で30位だった。
屋外でコースの条件も違うため単純な比較はできないが、それでも長野金メダルのダーリ(ノルウェー)が2時間5分8秒で、今回の金メダル、ミューレック(スペイン)が2時間6分5秒で金メダルという数字を見る限り、レース全体には大きな差がないと想定できるだろう。今井はこの日、長野での2時間16分から一気に2時間9分41秒と、じつに7分8秒を短縮したともいえる。
前日、同じ長距離種目のスピードスケート1万メートルで日本人史上最高位の成績を収めた白幡圭史(コクド)とは2つの共通点があった。
ひとつは、小柄なこと(今井は167センチ、白幡は168センチ)。もうひとつは、低酸素のトレーニングにこだわったことだった。高地トレーニングでは、低酸素で低気圧になる。酸素が薄いことは、その後標高を下げたときに、血液中のヘモグロビン値が上がり心肺機能の効果があるが、低気圧は身体のさまざまな機能に悪影響を及ぼすことがある。こうした点から、わざわざ高い所に上らずに低酸素状態を築きトレーニングする方法もある。白幡はトレーニングルームでこのトレーニングを積み、今井は低酸素状態をつくる装置を持って遠征にも出かけていたという。
小さな体、不利な身体能力、こうしたものを跳ね返す術を、今井は4年前の屈辱的な差、ダーリとの11分差に見たのだろう。この日はトップとの差は3分。トレーニングの独創性や継続性の結果である。
「レースは最高でした。精魂使い果たした」とレース後、回復してから話していたが、後半になってもペースは落ちなかった。
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この日を終え、今五輪での日本のメダル数は、目標とされた10を下回る銀、銅1つずつとなった。しかし、一度は頂点を極めた複合、ジャンプが不振だったことと反対に、今井や白幡のような選手の入賞の輝きは、今後に一筋の希望を与えるものではなかったか。アイディア、工夫、発想、継続、冬季種目の怖さや面白さを、今井は2時間9分で語り尽くしたように思う。
■スキー クロスカントリー男子50kmクラシカル 結果
(2月23日=現地時間) |
順位 |
選 手 |
タイム |
1 |
ヨハン・ミューレック(スペイン) |
2時間6分05秒9 |
2 |
ミハイル・イワノフ(ロシア) |
2時間6分20秒8 |
3 |
アンドルス・ベールパル(エストニア) |
2時間6分44秒5 |
|
7 |
今井博幸(NTT東日本長野) |
2時間9分41秒3 |

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