2月13日

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Special Column 〜SALTLAKE 2002〜
数字の独り言(2)

「160秒のはかさなと可能性」

 フィギュアスケートの本田武史(法政大)がショートプログラムをノーミスで終えガッツポーズを繰り返す姿を見ながら、時間という尺度の不思議さを思った。4年前の長野五輪、私はテレビの代表インタビューを担当していたために、ショートプログラムの演技終了直後、ミックスゾーンに引き上げてきた本田に最初に話を聞くことになった。
 ショートプログラムは、スピン、ジャンプ、ステップそれぞれの技が定められており、そのエレメンツ(要素点)が最重要視されるもので、要求されている技すべてを2分40秒の時間内に入れ、しかも正確にこなさなければ減点の対象となる。長野では、ほとんどのジャンプで氷に手をついてしまい、大きく出遅れた、そんな状況だった。
「納得がいかなかったのでは」と、彼に最初に聞いたとき、目を真っ赤にして泣き出してしまった。度胸がいい、地元開催の利、勢いに乗る若さ……、伸び盛りの本田にはそういった批評が盛んにされていた。しかし、よく考えてみればまだ16歳である。目を真っ赤にした本田を見たとき、高校生に一体どれだけのプレッシャーがかかっていたのか、度胸や勢いなどといった曖昧なものではどうにも対応できなかった姿を、あらためて思った。
「昨晩もまったく眠ることができませんでした。今日のショートプログラムは、本当に本当に長く感じられました。まだ終わらない、まだ半分だ、そんな感じで滑っていて、いい演技ができるわけありませんよね」
 そう苦笑した。

 15位で終わった長野から、カナダに渡り腰を据え、コーチを変え、単身で生活を始める。昨年は、これまでになかったウエイトトレーニングにも取り組み、体重を5キロ近く増やし、体のフォルムを変えていった。昨年12月、NHK杯のために帰国し取材した際、「ぶれない体にするために、体に軸を作ったんです」と話していた。メンタルが先か、肉体が先か、選手はこの永遠のテーマに取り組むものだ。本田は「体が先でした。体が出来たら、気持ちがぶれなくなった」と、軸を得た手ごたえを、実に明快に話していた。
 4年前を振り返ったとき、「思えば緊張さえできないほど緊張していたのだと思います。何をしたのかを思い出すこともできな、そんなあっという間で、しかも長い時間でした」と笑っていた。強くなった、そう感じさせられた。
 4年前の160秒と、この日の160秒は、彼にとってまるで正反対の「長さ」ではなかったか。あの時の長さと比較すれば驚くほどあっと言う間でもあり、あの時の短さと比較すれば数段、落ち着いて、自分が今何をすべきかを分析しながらかみしめた160秒だったはずである。
 本田が氷上で表現したのは、見事なスケーティングであると同時に、時間の持つはかなさと重み、可能性と輝きでもあった。4年前との違いを表現した「採点」がもしあるのなら、この日滑った選手の中で、本田は「最高点」を獲得していたのだと思う。フリーの演技をもっとも楽しみにしているのは、メダルを期待する周囲以上に、本田本人だろう。今度は、ぐっすり眠って挑むに違いないのだから。

■フィギュアスケート 男子ショートプログラム 結果
順位 選 手 順位点
1 アレクセイ・ヤグディン(ロシア) 0.5
2 本田武史(法政大学) 1.0
3 ティモシー・ゲーブル(アメリカ) 1.5



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