12月10日

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マンチェスターより
(イングランド・マンチェスター)

「海外出張中」となったまま、更新を待っていてくださった方々には失礼いたしました。今回の出張は、いろいろと、多くの媒体の仕事を抱えているために個人的にこのホームページに書くことが難しい状況でありました。
 いずれにしても、パルマとボルトンでの取材をしております。欧州で2か所の移動を数日間でするとなるとかなりハードですね。今、マンチェスターの空港で原稿を打っていますが、こちらは気温も低く、底冷えがしています。昨日はマンチェスターが今季6敗目となる敗戦をホームで喫しました。西澤明訓選手の所属するボルトンは、ダービーに0−1で敗れたようですね。
 今回は、中田英寿選手と西澤選手の取材のために欧州を駆け足で取材しています。ともに、年明けの原稿となる予定ですので、またご報告したいと思っています。


「スポーツの思いやり」

 中田選手は、先ほど終了したパルマでのローマ戦に先発でトップ下として出場しましたが、チームは逆点の1−2でリーグ4連敗をしてしまいました。こちらにすでに何か月も滞在しているスポーツ新聞の記者によれば、「おそらくもっともいい動きとプレーだった試合」とのことです。比較ができる彼らの言うことですので、それを信じて見ていました。
 彼が移籍をして以来、さまざまな報道がされていますね。ネガティブなものがほとんどですし、これらを読む限り──もちろん中田選手のホームページの読者にはこんなことは言うまでもないのでしょうが──彼のコンディション、それはフィジカルでもメンタルでも最悪だと思います。私も、どこかでそう考えてパルマに来ました。しかし取材で久しぶりに会った中田選手は、詳細は省きますが、溌剌としていました。置かれた状況を考えていない、とか、暢気だとか、そういう話ではなく、本当に溌剌としていたのです。少しも変わりなく、と私が言うのは、彼と会った6、7年前とも変わることなく、こちらの質問に懸命に答えを探そうとする笑顔を見ていると、ここに来るまでにいろいろな心配をした浅はかな想像力が、バカバカしくなります。

 さて、10日には、ボルトンに行き、西澤選手の取材を、彼らのホームであるリーボックスタジアムですることができました。パルマからミラノまで車で行き、そこからマンチェスターまで飛んで、さらにマンチェスターから車で40分ほどの、のどかな田園地帯に、彼の「ホーム」がありました。
 こちらに来て一度もリーグ戦には出ていない西澤選手に対しても、中田へのイメージと同じようにあまりポジティブなものは伝えられていません。こちらも心配をしました。取材のチャンスを作ってくれたものの、落ち込んでいないか、元気がなかったらどうしようか、質問はどう配慮しよう、そんな心配も、彼得意の恥ずかしそうな笑顔を見て吹き飛んでしまいました。
「まわりが思っているような状況にはありません。むしろ、楽しい」
 彼もまた、中田選手とはもちろん状況は詳細において違うわけですが、同じようにこうコメントをしていました。

 考えられないような困難な状況を楽しい、というのは、先月、メッツの新庄剛志選手を取材した時にも感じました。
 彼らのように、日本を出て仕事をしようと、ましてするだけではなく、やり切ろうというアスリートに共通するのは、決して強がりなのではなくて、「困難を遊ぶ心」にあるように思います。
 選手の困難を愁う時、「うまくいくのは当然だ」という前提があります。うまくいくだろう、なのに、うまくいかないのは何かが問題なのだ、とする、当たり前の思考回路です。
 しかし、彼らは前提においては私たち以上に、悲観的、ネガティブなのです。つまり「簡単にうまくいくわけがない」と誓っているのですね、自分に。だからこそ、物事をポジティブに捉えることができるのかもしれません。
 今日、ボルトンでは濃霧がかかり気温がマイナス4度まで落ちました。練習場は凍っていたそうです。パルマもひどい霧で、飛行機の欠航が相次いでいます。
 海外でスポーツをしながら生活をしてゆく困難は、日本で試合に出た、出ないを批評するのとはまるで違う次元にあるのです。
 この取材で、こう思いました。
 スポーツでもしも思いやりという感情が存在するなら、それは想像力ではないのか、と。スポーツを取材し、知る上でもっとも重要なのは、じつは技術論以上に、本当の意味での、こうした想像力なのではないか、と。彼らが苦しんでいるように「見えた」としても、それは第三者の感想でしかない。状況を取材することはできても、彼らの感情に思いを馳せて想像することのほうが、より重要なケースもあるのではないか。
 考えてみれば当たり前のことですが、切なく、身を切るような寒さの中で練習を繰り返す西澤選手、逆点負けの後そのまま疲れた体をバスに乗せて、ウディネーゼに向かった中田選手を見ながら、日本にとって宝物ともいえるような2人のアスリートの強さ、それを想像することの重みを実感しました。

 今から一度パルマに戻り、取材をしてから帰国します。12月、1月とスポーツカレンダーは一年でもっとも混雑します。私もクリスマスも正月もまったくない状態ですが、スタジアムも年中無休で営業したいと思います。
 忙しくまた寒い毎日、みなさんにとってクリスマス、お正月と素晴らしい季節になることを心からお祈りして。

マンチェスターにて 増島みどり    



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