11月4日

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ニューヨークシティマラソン前日
(日本時間11月5日午前)

 31回目を迎える世界的な賞金ビッグレース(優勝賞金6万5000ドル)、ニューヨークマラソンが5日午前10時50分(日本時間6日0時50分)、今年は2万人を超える出場者によってスタートする。有森裕子(リクルートAC)は99年3位で自己最高の2時間26分39秒をマークしたボストンに続いて2度目の米国ビッグレースへの挑戦となる。女子にはほかに、シドニー五輪マラソンで13位、10,000メートル5位のロルーペ(ケニア)、16位のフェルナンデス(メキシコ)らトップランナーが出場する。

「ローカルルール」

 尺度の単位として、メートルが世界基準とされているが、いまだに米国と英国陸上界だけが、マイル、フィート、ヤードを兼用し、これを公式記録にも使用している。
 マラソンの42.195kmは、26マイルと385ヤードになる。日本人やほかの国の選手、メディアも表示や通過記録の速報では四苦八苦するわけでが、今回はランナーにもこうした「ローカルルール」が適用されることになった。それももっとも影響の出やすいデリケートな部分において、である。
 給水のスペシャルドリンクは本来5キロごとに置かれるルールになっている。ところがあすのレースではこれが4マイルごとになった。つまり6本になる。普段、もっとも苦しい地点を乗り切るために8本用意できるスペシャルが2本も減って6本になることは、多くの選手に歓迎すべき話ではない。
「やりにくいことはやりにくいですよね。まあ仕方がありません。あとはゼネラルの水をしっかりと取って行きます。いずれにしても給水には神経を使いますね」
 4日午前6時半から練習を終えた有森裕子はそう話し、午後からの給水ボトルの配布、配列のためのミーティングにスタッフとの打ち合わせを行なっていた。ローカルルールの適用は本人も知らなかったそうだが、それでも、2度の五輪でメダルを連続獲得し、さらには夏の北海道、昨年ボストンと1万人以上が走る男女混合レースの経験も豊富なベテランには、いくつもの緊急マニュアルがあるのだろう。
 天候は曇ときどき雨、気温も最高が16度とそれほど暑くなることはないが、やはり乾燥があるため給水はポイントになる。まずは6本すべてを取ること、ダメならば、後半を重視して水を多くとること、有森は2点をあげる。
 実際に、シドニー五輪ではロルーペが5キロの給水に失敗し、そのあおりを受けた山口衛里(天満屋)が転倒。15キロ過ぎの給水では、山口が取れなかった高橋に渡し、高橋がこの時、集団がばらけたことを見てスパート。その後、高橋は市橋に水を渡し、もう一度スピードアップをして市橋、シモンと3人のレースになったなど、給水はまさに一瞬の勝負の分かれ目ともなる重要なポイントだ。

 有森はここまで、自己記録をマークしたボストンと並ぶほどの練習はこなしてきており、自己記録をターゲットに上位を狙うプランを立てている。前回のマラソンとなった今年の大阪では腰を痛めており、また貧血もあって思うように練習を踏めなかった。五輪では、テレビのゲスト解説をしながら、後輩・高橋尚子(積水化学)の金メダルを見守っていた。
 高橋が金メダルを手にした今、有森のレースに払われる関心が高くはないことは当然であり、本人も承知しているだろう。しかし、日本女性ではまだ誰も果たしていない目標もまだ残っている。かつて瀬古利彦(ヱスビー食品監督)が86年から87年にかけて達成した賞金レース3連覇(ロンドン、シカゴ、ボストン)のように、2万人ものランナーが出場するような海外のビッグレースを制覇することである。ボストン3位の有森には、この期待がかかる。
 メンバーからいっても厳しいが、それでもトップ3は狙えるだろう。
 今年34歳、結婚し、海外に拠点を置いて、実業団というシステムから完全に離れ、今回は、母方の親戚にいる調理師をボルダーに呼んで、いとこをランニングパートナーに新しいチームも作った。
 弘山晴美(資生堂)を筆頭とする日本の女子長距離界の流れを作って行くという点において、5日の有森の走りもまた、高橋の金メダルの価値に等しいものといって過言ではない。賞金レースで世界最高を狙おうという弘山、山口衛里、小幡佳代子(東京陸協)、また後輩にあたる鈴木博美(積水化学)ら30歳を挟むベテランたちは間違いなくそう思いながら、結果を祈っているはずだ。
 こちらに来てから、3日にはニューヨークで髪を随分と短く切り、精悍さが増した。
「かなり若返りましたか?」と冗談めかして笑い、紅葉のセントラルパークに駆け出して行った。

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