11日、シドニー五輪で銀メダルを獲得する大健闘を見せたソフトボールチームを率いた宇津木妙子監督(日立高崎)に会うチャンスがあった。
監督としての手腕は、無論銀メダルで最大の評価となる。しかしまた別の面では、不況や団体競技の不振にあえぐ今五輪の中でさまざまな困難を乗り越え、堅い結束の女子チームを作り上げたことにも高い評価が与えられるべきであろう。
監督はこんな話をした。
帰国後、メダリストが出演するテレビ番組にゲストとして招かれたときのことだった。同じく銀メダルを獲得したシンクロチームへの質問が飛んだ。
「結婚したい人、と言ったら全員が手を上げたんですね。では結婚して競技を続けたい人、と聞いたら、確か1人か2人しか手を上げなかったと思います。私はとてもショックだったんですね。もちろん、シンクロがということではありません。ソフトボールだってほかの競技でも同じかもしれませんからね。結婚したらもうやらない、それが一番幸せだ、というような雰囲気は女子選手にはあるんではないでしょうか。私は、とにかく女子選手の競技寿命を考えねばならないんではないか、と思ったんです」
今大会、女子のメダル獲得数が13個(男女合わせて18個)になり、かつてないほど「女性の五輪」がクローズアップされた。一方では、メダルを獲得した既婚者は女子52キロ級の楢崎教子(ダイコロ)1人だった。
宇津木監督が言おうとしたのは、こうした「女性の五輪」が単にメダル数の多さで終わってはならないという使命感である。もちろん人それぞれの選択をする自由がある。しかし監督が指摘したのは、メダルを取ったことのみがゴールとなってしまうような指導を、人を育てる立場として戒めなくてはならないとあらためて考えなおすきっかけにならねば、無意味だとの話なのだ。
女性の五輪を支える「根っこ」の問題である。ここがゴールではなく、年齢や環境の変化に対応しながら続けること、続けさせるだけの土壌があること、また続けてもらいたいとの希望。宇津木監督の話は、メダルの獲得数だけが取り上げられる現在の評価とは一線を画している点で、非常に興味深いものであった。
さて、年齢や環境の変化に対応しながら競技を続けることに挑もうというランナーが、16日、シカゴに飛び立つ。
高橋尚子(積水化学)が金メダルを獲得した女子マラソンで、8月中旬まで補欠としてスタンバイを続けた小幡佳代子(営団地下鉄)が、今年の大阪国際女子マラソン(1月)以来、22日の米国の賞金レース、シカゴマラソンに挑戦する。15日、筑波で行われた出発前最後の練習を覗いた。
昨年のセビリア世界選手権では8位に入賞し、大阪では、2時間25分14秒の自己ベストで4位(今季世界ランキング9月末現在11位)と着実に成績を収めている。小幡の何よりの持ち味を2つあげたい。ひとつは走るたびに自己記録を更新し続けることができる抜群の安定感──これは女子選手の中でもトップレベルの調整力と評価できるが──もうひとつは彼女の年齢であろう。今年29歳、これまでならばとっくに引退している年齢だ。
「29歳、って言うと周囲の見方はかなり否定的ですよね。え、もう29歳なの、競技はいつまでやるの、体は大丈夫なの……、そういうのが多いですよね。常識的な反応ですけれども、私は気にしません。負けずにがんばろうと思うんです」
15日の練習後、小幡はそう言って笑った。周囲が、女性の五輪でメダルがこれだけ増えたとしても、29歳の女子ランナーが自己記録を更新し続けてなおもビッグレースに挑戦しようということにはなかなか関心を払えないとしても当然である。
しかし、小幡が週末に世界のトップが集う賞金レースを狙って行くことは、メダル獲得数の根っこにあるものなのだ。
宇津木監督の言う「競技寿命」と女子選手の環境を見直すことができるとすれば、13個のメダルも本当の意味で報われるはずだ。