用意周到が、時には気持ちに縛りをかけてしまうこともある。山口衛里はそれを自覚しているからこそ、あえて過剰な情報収集に走らない。
シドニー五輪女子マラソン代表の山口衛里(天満屋)が16日、合宿先の長野県富士見高原で五輪前最後の公開練習を行った。武冨豊監督によると山口は落ち着いた場所で報道関係者と話をすることにまで神経質になってはおらず、神経をとがらせているのは各種カメラの放列だという。最初に設定された記者会見では緊張しながらやりとりしていた山口も、カメラから解放されるとのびのびしてこう語った。
「勢いでガーッといってしまった方が走れるんです。この間のシドニー(ホストシティマラソン)も、車で1回(コースを)見たきりで、スタートしてから“こんなところもあったのかな”って感じでした。そういう方が気楽に走れる。ここに上り、あそこに下りとか考えていたら、前半押さえてしまったりする。オリンピックも、後半15キロを覚悟して走るくらいですね」
最後にきつい上り坂があることで有名な昨年11月の東京国際女子マラソンも「なーんも考えずに走った」。その結果が2時間22分12秒のずば抜けたタイムでの圧勝と五輪代表確保。自分の名を売り出した98年の北海道マラソンも含めて、過去に優勝したレース中は「何を考えていたか、ゴールすると全然覚えていない」という。この2勝はいずれも逃げ切りで、かけひきなしに勝っている。シドニー五輪はマイペースで引っ張れるほど甘くはないことを承知しているから「かけひきが大切。あと15キロのところから、たぶんかけひきが始まる」と話したが、コースの特徴を過剰なまでに意識するような発言はしなかった。
23日まで長野で練習を続けた後、北海道、九州と場所を変えながら合宿を行っていく。9月初旬に天満屋の部員・関係者はシドニー入りを予定しており、山口も順調なら同行する。調整が十分でなければ、9月24日のレース直前まで国内にとどまる。同じ女子マラソンの市橋有里(住友VISA)が3回重ね、高橋尚子(積水化学)が本番までに10回はやりたいというコース試走も山口はもうやらない。100メートル刻みで道を分析した積水とは、対照的なアプローチ。しかしこれが、山口の天衣無縫とも言える走り方を最も生かせる準備なのだろう。